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花咲くまでの物語  作者: 国城 花
第七章 学園祭
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184 歩む道⑥


パンッ


耳に痛い音がその場に鳴り響いた時、視界が紅く染まった。


晴の目の前に、深紅の制服と灰色がかった薄茶色の髪が広がっていた。

その右脚は高円寺が手に持つものを叩き落しており、ガシャンという音と共に黒いものが床に転がる。

女子生徒は床に倒れ、深紅のスカートはふわりと床に着地する。


一瞬何が起きたか分からず、放心する人々。

晴は周りを確認して誰も怪我をしていないことを確認すると、改めて深紅の制服を着た女子生徒を見た。


「…純?」


薄茶色の瞳は、感情を映さないまま晴に振り返る。

すぐに目を逸らすと、床に転がっている黒いものを手にとる。

そして簡単に解体してばらばらにしてしまった。


「本物じゃない。楽器に当たってたら壊れてたけど」


はっとして振り返ると、梨緒の持っているストラディバリウスに傷らしいものは見当たらない。

誰も怪我がなかったこと、ストラディバリウスにも傷がないことにほっと安心する。


「高円寺さんは、警備員に引き渡します。まだ聞きたいこともあるので。他の2人も、処遇が出るまでは監視付きで過ごしてもらいます」


拳銃を手に取った女子生徒は、悔しさに顔を歪めている。

それほどまでに、梨緒の才能を恨んでいたのだろう。

梨緒が出演できないようにするためであれば、怪我をさせることも厭わないほどに。


晴は、深くため息をつく。

才能に嫉妬することは、理解できない感情ではない。

しかし晴は嫉妬される側であったので、いつも不思議に思っていた。

人の才能に嫉妬するくらいなら、どうしてもっと練習をしないのだろう、と。


嫉妬するくらいなら、練習曲を一曲覚えた方がいい。

羨むくらいなら、その才能に近付けるように努力した方がいい。

悔しいのなら、その思いを胸に前に進んだ方がいい。

天才と呼ばれる人々は、そうやって生きているのだから。


「…あんたなんか……」


純が軽く拘束すると、高円寺という女子生徒は梨緒を睨みつける。


「あんたなんか、おじい様のコネでコンサートマスターの席に座っているだけじゃない!いつもびくびくして、見ているだけでムカつくわ!」

「あなたねぇ…」


怒りで一歩踏み出した菜久流を、梨緒が止める。


「梨緒?」


梨緒の瞳に、いつもの臆病さはない。


「私がコンサートマスターの席に座れたのは、私の実力です。おじい様は関係ありません」

「じゃあ、部長にいい顔でもしたんでしょう!そうじゃなきゃ…」

「部長にいい顔をした程度で、静華学園のコンサートマスターになれると本当に思っているのですか?オーケストラ部にいたのに」

「………」


返す言葉がないのか、高円寺という女子生徒はぐっと唇をかみしめている。


「私は、演奏者になります。あなたたちのような人に負けない、強い心を持った演奏者に」


梨緒は高円寺の返答を待つことなく、晴に向き合う。


「ありがとうございました」

「つぼみとして当然のことをしただけです」


梨緒は、首を横に振る。


「つぼみとしては、私が演奏会に出演しなくても良かったはずです」

「どういうこと?梨緒」


菜久流は困惑し、来栖ははっとした顔をしている。

晴は変わらずにこやかな笑みを浮かべている。


「ストラディバリウスが盗まれたことは、公にはなりません。犯人が誰であっても、公にしないだけの力がつぼみにはあります。そして私が出演を辞退しても、演奏会は開催されました。つぼみとして、学園側としては、私の存在なんてどうでも良かったはずなんです」


ストラディバリウスが盗まれたことを観客に知られずに、穏便に済めばよかったのだ。

千歳梨緒という生徒が出演しようがしまいが、予定通りに演奏会が開催されればそれでいい。


「それでも周防くんは、私に諦めないように伝えてくれました。そのおかげで、私は演奏会に出演できます」


梨緒に真っすぐに見つめられても、晴は微笑んだまま少しだけ肩をすくめただけだった。

その瞳を見て、梨緒は気付いてしまった。

梨緒が憧れた真っすぐな瞳は、もう音楽を見ていないことに。


「周防くんは…演奏者にならないのですね」


少し残念そうな梨緒の声に、晴はふわりと笑った。


「はい」


晴が目指す道は、演奏者の道ではない。

音楽は好きだが、歩みたいと思える道を他に見つけた。


「ありがとうございました」


梨緒は晴に深々と頭を下げると、開演時間まで時間がないと焦っている来栖と菜久流と共に会場へ向かった。




「おれもまだまだだったね」


うまく立ち回ったつもりだったが、梨緒にはつぼみの目的を気付かれてしまった。


『演技と嘘は紙一重なのよ』


晴が知る最高の演技者である母は、そう言っていた。

演技も、嘘をつくことも、晴にはまだまだ難しい。


「最後は純に助けてもらったし」

「………」


正面に立つ純から、思いっきり不機嫌な空気が伝わってくる。

しかし晴は純の圧に負けず、純を壁と両腕の間に閉じ込めていた。


先ほど高円寺という女子生徒を警備員に引き渡し、他の2人は監視付きでつぼみの処遇を待ってもらっているところだ。

すぐにどこかに消えるだろう純に対して、晴が引き留められる術はこれくらいだった。

これがいわゆる壁ドンと呼ばれるものであることを、晴は知らない。


「それで、純はどうしてあの場所にいたの?」


あんなにタイミングよく、あの場所に現れるなんて偶然とは言えない。

盗聴器とGPSが仕掛けられていただろうということは分かる。

途中で執事服に着替えているのにそんなものを仕掛ける暇があったのかは謎だが、そうでないとあの場に現れることはできない。

晴が聞きたいことは、別のことだ。


「あの拳銃に、何かあるの?」

「さぁ」


楽器の盗難だけなら、純は現れなかっただろう。

実際に晴が解決している間、純は現れなかった。

すぐ近くで様子を窺っていたのかは分からないが、あの拳銃が使われた瞬間に純は現れたのだ。


「あの拳銃…裏で誰かが手を引いてるの?」

「さぁ」

「例えば…久遠とか」


ピリッと、純の雰囲気が殺気立つ。

それが肯定を意味することに、晴は気付く。


『久遠が、学園に拳銃を持ち込んでる…』


本物ではないとはいえ、怪我をさせるのには十分な威力だった。


『何のために…?』


久遠が静華学園に介入する理由。

今のところ1つしか思い当たらない。


「純を…狙うために?」


今度は肯定は返ってこなかった。

しかし、純の場合は沈黙が肯定であることを学んでいる。


「もういいでしょ」


純は投げやりにそう言うと、晴の腕をくぐって囲いの外に出る。

そんな姿に、晴はさっきからずっと違和感を覚えている。


「変なこと聞くけど…本当に、純だよね?」

「何言ってるの」


純は呆れた顔をしている。

晴も、自分が何を言っているのかよく分からない。

しかし、いつもとは何かが違う気がするのだ。

何が違うのかは分からないし、違うとも言い切れない。

純と会ってから、言い表しようのない違和感が拭えない。


「わたし、もう行くから」


いい加減に我慢の限界が来たのか、純は窓を開けるとそこから飛び降りていってしまった。



『純は、久遠に狙われてる…』


妄執と言えるほどに、執拗に。


『どうしてかは、分からないけど』


感情を映すことが少ない薄茶色の瞳を見るたびに、晴は思う。


『純は、どの道を歩むんだろう』


翠弥生の孫として、どんな将来を選ぶのだろうか。

VERTは兄の湊が継ぐのだろうか。

久遠に狙われるたびに仄暗い音を奏でる純は、どんな道を選ぶのか。

その道は、決してなだらかなものではない気がする。


「…とりあえず、みんなに報告しないと」


晴は高円寺という女子生徒から拳銃について詳しく聞かなければならないので、ここをまだ離れられない。


『学園に持ち込まれている拳銃が、あれだけとは限らないし…』


無線をつけた瞬間、パンッという音が晴の耳を突きさした。

誰の無線から聞こえた音かは分からない。


「みんな、大丈夫?」


無線で聞いても、取り込んでいるのか返答は返ってこない。


『みんな…』


他のメンバーの安否が心配だが、晴はこの場でつぼみとしてやることがある。


せめてみんなの安否が分かるように無線を付けたまま、晴は高円寺という女子生徒が待機している場所へ向かった。




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