第9話 動き始めた口
そこはギルド前。
集合し、皆で手分けして買い出しの準備をすることにした。道具屋を巡り、必要材料を相談しながら買っていく。
今回は油迂も手伝っていた。
今まで持つことが出来なかったものでさえ、革の手袋を着けたことで、容易に掴むことが出来たのだ。
ただ、注意しないと手袋ごと脱げてしまいそうになるので、それだけは気が抜けなかった。
ダンジョンや洞穴に潜るには、松明がまず必要であった。
補助として回復ポーション、それと緊急用の魔術スクロールである。
もちろん、それだけではない。
ザイルや調理道具もそのうちの一つ。
そして忘れてはならないのが調味料、そして食料である。そういったものも念入りに準備をしなければならない。
それは洞窟ではなおのこと。外とは異なり、中では容易に入手できないからだ。
そうして、積荷を確認しながら、荷馬車へと荷物を運んだ。
「よし、出立だ、馬車を頼む!」
皆が乗り込んだことを確認すると、アレストが御者へと声をかける。
その声を合図に車輪がゆっくりと回りだす。馬はゆっくりと歩き始め、次第に速度を上げていった。
ゴトゴトと揺られる荷馬車。
遠くにあった街は、次第に見えなくなり、霞のように消えていく。
青空との鮮やかなコントラストを描くように、白い雲が浮かんでいた。
風は荷馬車の隙間から入り、広く開口した後ろへと流れていく。
そんなのどかな風景を見ながら三時間ほど揺られると、辺りは静かに夕暮れへと変わった。
雄大な草原に沈みゆく陽光が、横から差し込んできた。
「よし、この辺りで夜営を張るぞ」
アレストはそう言って、御者側の木壁を叩いた。
音に気付いた御者が、手綱を僅かに引き馬に伝えると、その足は次第に走ることをやめていった。
馬はたてがみを震わせ、その足を止めた。
ゴードンは誰よりも早く荷馬車から降り、アレストの荷物を受け取ろうと待ち構えた。
アレストが車内の鞄を降ろそうとする。
ゴードンがそれを受け取ろうと、大きく手を伸ばした――その瞬間。
――鎧の留め具が、音を立て千切れた。
「お、おい。ゴードン! いきなり手を離すんじゃない!」
「おおっと!」
ゴードンは、ずり下がる鎧を慌てて掴んだ。
「……っかしいなぁ。あの仕立屋、また適当な仕事をしやがったか」
「おや? お客さん。こっちも壊れかかってるぞい」
そう言ってきたのは、御者の『スメイス』だった。
よく見ればその箇所だけではなく、至る所の接合部分が曲がり、破断していた。
「お客さん……。体格に似合わず随分小さい鎧を着けていますねえ。
これじゃ、鎧も悲鳴を上げるわけだ」
「ガハハ! 何を言っているんだ、おっさん。
この鎧は先日買ったばかりのものだし、何度も試着して調整したんだ。壊れるわけがなかろう」
そう言って鎧を前後に動かすが、そのたびにギチギチになった留め具が引っ張られ、苦しそうに悲鳴を上げていた。
「お。おいおい! そんなことをしたら、留め具どころかヒンジまで曲がっちまうわ!!
調整してやるから、一回脱げ!!」
「えっ! ワシがこの場で!?」
「何をそんなに恥ずかしがっとるんじゃ! 男じゃろうが貴様は」
「ガハハッ! 冗談じゃ、冗談! ワシの肉体美を見て惚れるなよ爺さん!!」
「貴様の汚いケツなぞ見とうないわい! 調整も修理もせんでいいと言うのなら、ワシはただ放っておくだけじゃが……」
「分かった分かった、頼むから直してくれよ爺さん!」
「爺さんじゃない、スメイスじゃ!!」
結局ゴードンは、その場で鎧を脱ぎ、いそいそと荷馬車の影へと隠れた。
聞けばこのスメイスという男、前職は鍛冶師であったという。
だが、室内にこもりきりというのが嫌だったので、ドワーフ仲間とともに御者に転向したというのだ。
そのため、戦地にまで送り出せる『最後の調整師』という異名さえ持っていた。彼は結局、身体にしみこんだ経験を拭いきれていなかったのだ。
そんなスメイスとゴードンをよそに、荷馬車からは、ひっきりなしに積荷が降ろされる。アレストが主導し、リュミナ、セリナ、そして油迂も手伝いながら野営地を設営していった。
何も出来ないかと思っていた。
だが、こうして少しでも役に立てたのが、一つの喜びとなったのだ。
リュミナに嫌われているとしても、こうして場所を作ってくれた恩のためにと、いままで以上に働いた。
そして日は完全に落ち、辺りは静まり返った。
焚き火の上に鍋が置かれていた。
切り分けられた食材は、ジュウジュウと音をたて、それはやがてふつふつと煮立つ音へと変わった。
スメイスは馬の側に腰を下ろし、アレスト達は火を囲むように座っている。
油迂が腰を下ろし休んでいると、リュミナが「やれば出来るじゃない」と言って、足を軽く蹴ってきた。
油迂は少し照れくさそうに口元を上げた。
その出来事は、油迂にとっては僅かずつではあったが、居場所が出来はじめたと感じた瞬間でもあった。
皿には根菜と肉が並べられた。まず御者へ、それから一同へと配られる。
そしていつもの儀式が始まったのだ。
ゴードンは油迂にマヨネーズをせがみ、リュミナがウンザリした様子で目を背ける。
やれやれと思い油迂が皿へとマヨネーズを出す。
不思議だったのは、その何気ない行動。
出し尽くしたと思っていたそれが、再び出せるようになっていたことだった。
マヨネーズをゴードンに分け与え終えると、自分の皿にも盛った。
そして、フォークで芋を刺し、マヨネーズを少しだけ付ける。
思わず声が漏れそうになる油迂。
唇に僅かに残るマヨネーズをペロリと舐め、次の食材へと手を伸ばす。
今日に限っては妙に食が進んだ。手からまたマヨネーズを出し、食材に付けて食べる。
そんな油迂の様子を見て、少し胸をなで下ろしていたゴードン。
油迂の口に合わせて、アレストが口を開いていることに気がついた。
その様子をゴードンが見てしまったのだ。
「あれ、アレスト? 何も口にしていないのに、何故口が……」
「ん? あああっ!? ななな、なんでもない。
何でもないぞ、ゴードン! 少し、あくびをしただけだ!!」
首を傾げるゴードンと油迂。
アレストは首を振ると、皿を抱え、掻き込むように食べ始めた。
やがて皿に盛られたものを食べ尽くすと、両手で頭を抱えた。
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