第8話 特別とは
アレストと油迂は、ギルドへと戻った。
ギルド内が他の冒険者で賑わっているなか、リュミナとセリナは無言で席に着いていた。
リュミナは眉間にシワを寄せ、指でテーブルを小刻みに叩いていた。
やがてアレストと油迂に気付いたリュミナが、むっとした表情でこちらを睨み付けた。
「遅い、遅いッ! いつまで待たせるのよアレスト!!」
「あは……あはは……。ちょ、ちょっと道に迷っちゃって……」
「まったくもう……、セリナも黙ってないでなんとか言ったらどうなの。
さっきまで『遅いねぇ』とか、言ってたじゃないの!」
「あっ……いや、わたしは……そんな」
「それに、ゴードンよゴードン。
ふらっと現れたと思ったら、『仕立屋に行ってくる!』って言ったっきり、ちっとも戻ってこないじゃないの!!」
声を上げ、当たり散らすリュミナの勢いに押され、アレストが顔を曇らす。
「ど……どどど、どうしたのでしょうね……ゴードンは」
「どうせ、そこのヤツから出たマヨネーズでも食って、食あたりでもしたんじゃないの?
いつもマヨマヨ言ってて、いい気味だわ」
「り、リュミナ……。もう、そのへんで……」
リュミナを止めようと、セリナが言葉を被せようとするが、彼女の言葉は止まらない。
「何よセリナったら、油迂をかばう気?」
空気を割るように、笑いながらゴードンが入ってきた。
「ガハハ! すまんなみんな、ちょっと鎧の留め具が壊れてしまってな!」
その言葉に、リュミナが声を荒げた。
「遅れてきたのに、笑って入ってこないでよ! 自分の鎧くらいしっかり管理してよ!」
「そんなに声を上げて怒るなリュミナ!
管理と言ったって、この前買い換えたばっかりだ。
それに、武具の手入れだって毎日やっとる」
「手入れをしてるのに。壊れる意味が分からないわ! それに……」
ゴードンとリュミナは、言い合いを続けている。
セリナと油迂が止めようと声をかけようとするが、アレストが二人の肩に手を乗せ首を横に振った。
そして、五分もした頃。リュミナの息が上がってきた。
「じゃあ、なんで留め具がぶっ壊れてるのよ。
か、管理……ちゃんと……ハァ……点検しないからそうなるのよ、まったく……」
アレストはリュミナの肩に手を乗せた。
「どうだリュミナ。少しは、気が済んだか」
「……す、すみません。つい興奮してしまって……」
「いいんだ。私にも責はある。すまなかったなリュミナ」
そう言って、アレストは一つの丸まっている紙を取り出すと、そのまま言葉を続けた。
「さて、それでは本題なんだが、とりあえず席について欲しい」
それはマレスティア近郊の地図だった。それをテーブル一杯に広げ、指を差していった。
アレストの説明によると、最近平原に出現した洞穴。
そこの穴から無数の魔物が出現し、根幹となる親玉がいるという事だった。
それは、『特別な結晶』が入手できるという意味へと繋がる。
「……というわけで、ここを叩こうと思うんだ。
それと幸いにも、その洞穴への挑戦権を一番に得られた」
その言葉を聞くとリュミナが目を丸くして、手をついて立ち上がった。
「す、凄いじゃないですかアレスト様!」
「これは確かに凄いことだ。ここ最近は富くじには外れ、大食いチャレンジの参加権にすら落選。運に見放されたと思っていたが、ここに来てようやく――じゃなくて、そんなことはどうでもいいんだ。
問題は、その洞穴に複数の親玉がいるかもしれない、ということなんだ。
だから今回は危険かもしれない。それを皆が了承してくれるのか、というのを危惧していた」
その世界には通常個体より大きい、親玉という存在がある。
群れの中の一個体が変質し、仲間を喰い始める。そうして次第に巨大化し、やがて親玉となる。
そのため通常は、群れに対して一体が普通であるが、その場所は例外であった。
そして、彼らからは『特殊結晶』というのが得られる。
ゴードンが声を張り上げた。
「複数いるなら、全部叩けば良いじゃねぇか! そうすりゃ俺のスキルもパワーアップできるってもんよ」
「……パワーアップ……ですか?」
油迂が思わず言葉をこぼすと、腕を組んでいたリュミナが、口を挟んだ。
「そんなことも知らないの!?」
「あっ、いや。俺は……」
「良いわ、特別に教えてあげる。
この世界にはね、ある程度格が違う魔物っていうのが一定数居て、これが特殊結晶を落とすの」
「え、ええ……」
「で。その特殊結晶は、あたしたちの身体に取り込むことで、新しい技能を得たり、能力が向上したりするの。
あとは魔法使用時の燃費が良くなったりとかかな。だからみんな目の色を変えて求めるのよ」
「は、はぁ……」
リュミナが言葉をつづける。
「あとゴードンの場合は、魔力を筋力増強に使っているみたい。
だから、さしずめ強化時間の延長か、新しい技能の取得ってところかしらね……。
……って、油迂は人の話聞いてる?」
リュミナは油迂に顔を向けた。
「そ、そうは言いますが、その流れだと俺の場合は、マヨネーズの出せる量が増えるだけで、あまり役に立ちそうにないなっていうのが……。
まぁ、技能の取得は気になりますが……」
「まぁ、確かに今のアンタは、役に立たないかも知れないけどね。
そうやって出来ないとか、役に立たない理由ばかり並べるんじゃなくて、少しは出来ることを探す姿勢を見せなさい!」
そう言って、リュミナは油迂に革の手袋を投げつけた。
「それはアンタの。あたしが特別に買ってあげたんだから。
これで剣でもなんでも持てるでしょ!」
「あ……ありがとうございます、リュミナさん!!」
「あたしだってね、足手まといが、足手まといのままでいるのは嫌なの。
少しは働きなさいよもう!」
リュミナの言葉には、相変わらず棘があった。
それでも、油迂のことを考えてくれたのだということだけは分かった。
言葉は痛かった。
けれど、投げられた手袋の重みだけは、妙に温かかった。
リュミナのトーンがいっそう上がりそうになると、それに見かねたゴードンが、彼女の肩に手を乗せた。
「おおっ、気が利くじゃねぇかリュミナ。
さては油迂のマヨネーズが目当てなんじゃないだろうな! ガハハ!」
「そんな気持ち悪いもの、口に入れたくもないわよ!
それとゴードンは、気安くあたしに触んないでよね。まったく!」
「すまんすまん。ついつい手がな! ガハハ!!」
リュミナとゴードンがいつもの言い合いをしているなか、セリナが油迂に顔を寄せてきた。
「ご、ごめんなさい。わたし……手袋のことまで思いつかなくて」
そこにアレストも言葉を重ねた。
「わ、私もだ。すまない油迂……。全く気付けなくて……」
「い、いや良いんですセリナさん、それとアレスト様。俺もそこまでは、思い付かなかったです……」
そしてアレストが席を立つ。
「とりあえず、リュミナのお陰で、油迂はなんとかなりそうだな。
少し道具屋で旅支度をしてから、洞穴に向かうとしようか」
油迂はリュミナから貰った手袋を握りしめると、決意を新たにする。
その横で、油迂の手をチラリと見るアレストは、ため息をまた一つこぼしたのであった。
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