第6話 減った腹
老婆のいた路地より街道に出た二人。
昼を告げる鐘音が、街全体に響きわたる。
その鐘の音を合図に、街の空気が一変した。
立ち並ぶ露天や食事処。ギルドから出てくる者、路地から出てくる者、どこからともなく人々が集まり、店に行列を作っていった。
街には食材や肉の香ばしい香りが立ちこめ、それとともに喧騒があたりに広がっていく。
「油迂! こっちだ、こっち」
アレストは油迂の手を引き、走り出した。
そしてたどり着いたのがここ。
串焼き専門店『サザン×クロス』である。
「な、なんか強そうで、格好いい名前ですね……。
外見は、とても串焼き屋には見えませんが……」
「外見など関係ない、中身が重要なのだ!」
視界に入ったその建物は、青とオレンジで交互に彩られたストライプの壁。
ここまでは、良かった。
油迂はそのまま、視線を屋根へと向けた。
そこには、闇夜に浮かぶ南十字星を模した看板が掲げられていた。
それだけではない。看板から飛び出すように、オレンジ色のハニカム模様と、可愛い蜂のイラストが、立体的に入り乱れていた。
油迂は、言葉を失った。
そのとき店主が奥から出てきた。そして二人に向かって声をかけた。
「へいィ、らっしゃいッ!!」
その声で油迂は現実に戻された。
威勢の良い店主だということは、声だけで分かった。
だが意外にも、黒のエプロンにねじり鉢巻という至って普通の出で立ちで、少し拍子抜けだった。
アレストが店主に手を振った。
「おおっ、相変わらず元気が良いな!
それはそれとして、この前はご苦労だったな。それで、その後は奥さんとはうまくやれてるのか?」
「……勘弁してくださいよ。アレストのお嬢。かみさんとは、やっと仲直りしたんでさぁ」
「それはお前が、無理矢理甘くしようとするからだぞ。まったく……」
「まぁまぁ、そう言わずに。今ならこの激甘小袋を一本につき、二袋つけるから沢山買っていってくださいよぉ」
「それは要らん。だから串焼きだけ寄越せ」
「そんなこと、言わないでくださいよぉ。
アイスにかければ絶品、串焼きにだって合う。最高のソースなんですよ!
それに牛乳とかコーヒーに混ぜてもいいんですぜ」
「アイスは分かる。牛乳も分かる。だが串焼きだけはダメだ。だから早く寄越せ」
「しょうがないですなぁ……」
「特別に三十本ほど買うから、それで許せ」
「さ、三十本ですかい!?」
「そうだ、三十本だ」
「ちぃと待ってくだせぇ。
アレスト様用に既に二十本用意していたのに、予想を軽々と上回られましたわい」
「すまんな親父、今日は連れがいるのでな」
油迂が慌ててアレストへ詰め寄った。
「ちょっと、ちょっと。俺に何本食わせる気ですか!」
「大丈夫だ問題ない。それとも十本では足りなかったか?」
「そ、そういう問題じゃなくてですね……」
油迂は、こちらに来てからというもの、串焼き自体が嫌いになりつつあった。
初報酬に心を躍らせ食べに行った店は、肉に妙な野性味があり、一口食べればもう十分だった。
別の店で食べたときは、焼いているときの香りはいいのに、袋から出してみれば味噌田楽にメープルシロップとシナモンを混ぜたような香りを漂わせていた。
前の人が美味しそうに食べているので、同じ物を頼んでいるはずだった。
だが、何故かそれが外ればかりなのだ。
アレストは、油迂の顔が次第に曇っていくのを見ると、ぽんと背中を叩いた。
「まぁまぁ、とりあえず食え。食えなかったら残りは私が全部食べよう」
アレストはそう言って店主から大袋を五つほど受け取ると、その一つを油迂へと手渡した。
その袋には、確かな重みがあった。
「ん!? ……いや、ちょっとまって下さい。
なんか俺の知ってる串焼きと、随分違うんですが!!」
油迂の言葉も聞かず、アレストは袋から串焼きを取り出すと、そのままかぶりついていた。
ひと口、ふた口と、貪るように口へと運び、肉はその形を失っていった。
――サイズが違い過ぎた。
一塊が、こぶしの半分ほど。それが一串に三つも刺さっている。
油迂は、声を上げた。
「こ、こんなものが三十本もあるんですか!!」
だが、その声はアレストには届かなかった。
息を巻くように、無我夢中で食べ続けていた。
食べ終わった串が一本、二本と増え、気がつけば袋一つ分がなくなっていた。
油迂は呆れるように口を開き、呆然と立ち尽くしていた。
するとアレストは、口を動かしながら、油迂に向かって喋り始めた。
「ほら! もぐ……。熱いうちに……早く食べないと、美味しくないぞ!」
「……あっ、えっ、いや……。ちょ……」
油迂が、袋の口とアレストの口を交互に見ているとき、街道の奥から土煙が向かってきた。
――鎧の男ゴードンである。
彼は、油迂がどこにいようと、メシ時に必ず現れ、マヨネーズを奪っていくのだ。
「うおおぉぉお! 探したぞ油迂!」
「なんでここが分かったんですかッ!」
「そんなもん、どうでも良いわ! 早くッ、早くワシにマヨネーズを出してくれえいッ!」
「ま、またですか! 毎食毎食求めすぎじゃないですか、いい加減太りますよ!」
「大丈夫だ、もう太った!」
ゴードンはそう言って、豪快に革袋を拡げた。
油迂は肩をすくめると手を広げ、ゆっくりとマヨネーズを出していった。
だが、どうにもおかしかった。
いつもであれば、普通に出せていたものが、今日に限っては袋の半分ほどでその勢いが弱まった。
油迂は首を傾げると、確かめるように手のひらに視線を落とした。
ゴードンが残念そうに声を上げた。
「ええー。今日はこれだけかよ油迂!」
「え……いや。そんなことは……」
「勢いが弱まるって、相当だぞ油迂。
ちゃんと食事を取ってないんじゃないのか。
しっかり食べないとマヨネーズに食われるぞ!」
「ゴードン!」
アレストはそう言って、ゴードンの鎧を叩いた。
「わりいわりい、アレスト。
まあともかく、サンキューな、油迂。
しっかり食べてドバドバ出してくれよ、それじゃあな! ガハハ!」
そう言ってゴードンは颯爽と走り去っていった。
「あっ、ええ……」
油迂のままならない返事をよそに、アレストの視線は、油迂の手へと向けられていた。
油迂の僅かに滴るマヨネーズ。
アレストの喉が再び鳴ると、それは街の喧騒へと紛れていった。
――――
――




