第43話 ごっこ
「えーと……。ふっふっふ……ハッハッハ!! よくぞここまで来た。勇者よ!!」
突然、響く魔王の声。だが、その視線は、手元にある紙切れをチラチラと追っていた。
そんな中、勇者ジェイビーが杖代わりにしていた棒を、逆手で持ち後ろで構える。そして足を開き姿勢を低くすると、何度か決めポーズを取った。やがて首をかしげるとおもむろに棒を置き、右手で左手首を掴んで突き出していた。
そして三十秒ほど経ったそのとき。ジェイビーが魔王に視線を向け、口を開いたのだ。
「――き、貴様が魔王か!」
「ふっふっふ……いかにも。ワタシこそが、この城の城主! 魔王ウィードだ!」
「貴様が魔王ウィード……! 我が剣のサビ……いや、この極大魔法で貴様の存在を、この世から消して見せよう!」
「き、貴様の強大な……えーと、『何か』を倒したのはこのワタシだ。勇者如きがこの魔王ウィードに勝てると思うなよ!」
そう言って木箱の上で、ジェイビーを見下ろしている魔王ウィード。
マントをバサバサと何度も翻しては足場を確認している。
「き、貴様が『俺の強大な何かを』だとッ!!」
そこは城の入口玄関脇。ジェイビーがそう叫ぶと、魔王へ向けて手のひらを広げ、続けて詠唱を開始した。
「ならば食らえッ!! スプラウツ・オブ・ポテトォォォォ!!!」
――ぺしぺしぺしぺし……
勢いよく発射されるジャガイモの芽、その物理攻撃力は当然皆無である。そしてジェイビーは僅かに後ずさりをする。
「お、俺の攻撃が、効かない……だとッ!」
「ふふふ……その程度の攻撃。このワタシに通用するとでも思うたかッ! ならば今度はこちらの番だ、食らえい! マキシマム・シー・ウィード!!」
――バサバサバサ……
その手から、青海苔が噴き出ると、ジェイビーの頬をかすめるように撫でていった。
「……」「……」
そして、二人の顔に沈黙と影が落ちた。
静けさの中、ホウキの床を掃く音だけが響いた。シータスはその手を止め、壁にほうきを立てかけると、軽く手を叩いた。
「……そろそろいいですかね二人とも。それに新人のジェイビーくんでしたっけ? こちらに来て、今出来る事をこの書類に書いていってくださいね」
「は、はい。すみません。シータスさん……」
ウィードへ一礼をするジェイビーとシータスの二人、そして奥へと消えていった。
その場に一人残されたウィード。
彼女は木箱に腰を掛け、足をぷらぷらさせていた。
「また、やりたいなぁ……」
そう呟くと、先ほど出した青海苔を嗅ぎつけたのか、ヒル・ワームが地面から出てきた。
「おぉ、よしよし。また青海苔が欲しいのか……って。はっ!?」
ウィードは、ヒル・ワームを撫でながらその視線の奥に、何処かで見たことのある木箱を見つけていた。その箱は、二階の自室のテラスに積み上げてあったもので、その一つが玄関脇へと落ちていたのだ。
「そういえばあいつ……。緑の雪の中とか言っておったような……まさかあの箱は!」
ウィードは蜘蛛に関わりたくなかったため、木箱に青海苔を詰め、シータスを使って給餌させようとしていた。それが落下時に壊れ、風と共に舞っていったのだ。
急いで箱へと向かおうとするウィード。だが、時は既に遅かった。
地響きと共に、無数に這い出るヒル・ワーム、しかもそれだけではなかった。
大小様々な無数の蜘蛛と、見たこともないような蟲が、ウィードのもとへと集結しつつあった。
「ひっ、ひいいぃぃぃい!!」
その様子に、思わず声を出したウィード。近くにあった木箱を被り、身を潜めた。
だが、その程度で逃れることはできなかった。ジェイビーを目掛けて発射した青海苔の一部が、箱の内側と外側に付着していたのだ。
そんなことにも気付かないウィードは、木板の隙間から外の様子を伺っていた。
そして、視界から蜘蛛が消えると、その様子に安堵したのだ。
しかし、そうはいかなかった。隙間から差し込む陽光が、その中を照らす。木箱の内側はもちろん、その衣服やマントに青海苔は付着していた。そしてウィードの顔を、みるみる青くしていったのだ。
それに気付いてから間もなく、木箱を押し上げ、隙間から子蜘蛛が侵入してきたのだ。慌てて口元を塞ぎ、息を殺そうとしている。だが、当然その呼吸を検知している訳ではなく、彼らは次第に足元へと這い上ってきた。
必死に足をばたつかせ、それを取り払おうとするウィード。だが、考える時間も与えず、子蜘蛛は数を次第に増やしていく。
その様子に、涙を浮かべ必死に抗っていたときであった。目の前が急に開けたのだ。
持ち上がる木箱。それは蜘蛛の糸によるものであった。
そして大蜘蛛が、ゆっくりとその顔を近づけてくる。
ウィードは悲鳴を上げることさえ忘れ、大量の青海苔を噴射すると、その反動で後方へと吹き飛んだのだ。
子蜘蛛を振りほどき、そのまま城外へと全力疾走。そして城の周りを一時間ほど走ったのち、彼らはようやく沈静化していったのだ。
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