第4話 彼との出会い
朝食も済み食器を片付けるアレスト。
ゴードンと油迂の使っていた皿は、使う前のように、ぴかぴかになっていた。
「はぁ……」
アレストは皿に視線を落とし、小さくため息をこぼす。すると、一つの影が近づいてきた。
セリナであった。
「手伝いましょうか、アレスト様」
「ひゃあ、せ、セリナ! びっくりさせないでよ……」
アレストは、身体を震わせ声を裏返らせた。
「どうしたんですか、アレスト様。少しお顔が……沈んでいましたよ」
「いいい……いや、なんでもない。なんでもないんだ。
ほんの少し、考え事をしていただけなんだ」
「……それは、リュミナの事でしょうか……」
セリナには、アレストが沈んでいるように思えたのだろう。
彼女はそう言うと、奥で荷造りをしているリュミナへと視線を向けた。
確かにリュミナの行動は、目に余る物がある。仕事は出来るが、何かと突っかる。少しクセはあるが、貴重な戦力だった。
だが、アレストの思惑は、全く別にあった。
――油迂のマヨネーズを口にしてみたい。ただ、それだけであった。
でもリュミナやセリナの手前、それだけは言えなかった。
そして、アレストは取り繕うように言った。
「そ、そうね。そうなのよ……」
「リュミナも悪気があって、あんな態度をとったのではないと思うんです。
ただ、ゴードンの依存が、度を超えているだけなのだと思います」
「た、確かにそうだな……」
「ですが、問題は油迂さんです。
彼は何もできていない。でも、こうして居場所を作ったことで、今やゴードンに必要とされています」
「い、いや。ゴードンに必要とされているといっても、アレは少しおかしいぞアレは……。
それに、どう見ても油迂を求める欲望の権化だぞ……」
「だとしてもです。ゴードンによって、油迂は救われているのです。
だからある程度は、寛容になっていかないとダメなのです。特にリュミナは……」
「そ、そうだな。明らかな押しつけではないわけだし、そこはある程度容認していかないとだな……」
「そういうことです、アレスト様。
ですので『こういう人間もいるぞ』という感じで、徐々に理解させていかないといけませんね」
リュミナに悪気がないのは分かっていることだった。幼少から苦労をしていたとも聞いているし、それだけで邪険に扱うことはできないと思っていた。
だが、ゴードンや油迂を交えた、話し合いとなると、それもなかなか難しかった。
アレストは、大きくため息をこぼすと、足元にある鞄を背負った。
「そうだな……。まぁ、油迂が加わってまだ日は浅い。
しばらくは様子を見て、合間合間で馴染ませるように、油迂とリュミナにフォローをしていくしかないな……っと。
さて、片付けも終わったし、ギルドへ戻って戦利品をおさめにいくか」
「そうですね、アレスト様。
これだけあれば、街で良い食材や調味料、武器防具も手に入りそうですね」
「これだけあれば……か……」
ふと言葉を漏らすアレスト。
頭の中で数々の思いが、浮かんでは消えていった。
この地や島を離れ、遠方に遠征するかもしれない。馬車や旅費の確保、武具の修理、当面の食料。
新鮮な食材を手に、美味しいものを食べ、舌鼓を打ち、そしてその地域の食べ物を食い尽くす。
日増しに増える食費……。
「いやッ! そうではない。そういうことではないッ!」
アレストは声を出して叫んだ。
「な、なんですかアレスト様。突然……」
「い、いや、考えが変な方向へ飛んだだけだ……問題ない……」
アレストは、胸に手を当て、大きく息を吸い込んだ。
そして、一旦心を落ち着かせようと、再び思考を巡らせた。
アレストは、戦力の増強と既存の装備品について考え始めた。
ゴードンやセリナ、そしてリュミナについても、現状で問題ないと考えていた。
それはアレスト自身もそうであった。
だが、油迂。彼はどうしたら良いのだろうか。
初めて出会ったのは、南方ギルド。
彼は、待機所の隅で何かを啜っていた。
――――
――
――それは、数か月前。
喧騒や雑踏にまぎれ、彼を罵る様々な声が聞こえた。彼は他に行く場所がなかった。
ギルドは唯一、冒険者のスカウトが許される場所。
どのような種族であろうと、メンバーに引き入れることができるように、待機所が用意されていた。
そこは召喚された勇者達の行き着く場所の一つでもあった。
彼はその中にいた。何日も、その場所にいたのだ。
声から耳を背けるように、隅の方で音を立てずに静かに何かを啜る。
人に悟られぬように。
大抵の者は数日で挫けて待機所を去り、その後を見た者はいない。
だが、彼はそこに居続けるしか、できなかった。
そしていつの頃からだろう。
生気が抜けたように、ただ虚空を見つめていた。
いつ見てもそうだった。
だが、その日は違った。
彼はふたたび手を動かし、ぬるついた自身の手を見つめていた。
その姿を見た瞬間、私は足を止めていた。
なぜそうしたのかは分からない。彼の手を引き、半ば強引にパーティに引き入れることにした。
彼の目は完全には死んでいなかった。
虚ろな奥で、それでも何かを諦めきれずにいるように見えた。
そのとき、ゴードンもセリナも快く受け入れてくれた。
だがリュミナ。彼女だけは、そう思わなかったようだ。
それが彼を余計に苦しめているのかもしれない。
でも、彼は何かを持っている。転移者としての何かを。
それは私自身が、そうであるように――。
――――
――
「アレスト様! アレスト様!!」
セリナの呼ぶ声が聞こえる。
「はっ。す、すまない。少し考えてしまっていたようだ……」
「なんだか、ぼーっとしていましたよ。久しくやった火の番が堪えましたか?」
「そ、そんなことはない。本当に大丈夫だ……」
「しっかりしてください。アレスト様がいなかったら、魔物と渡り合うのにも、一苦労ですからね」
セリナはそう言いながら、荷物をまとめていた。
アレストは、先ほどのやり取りにわだかまりを覚えたのか、リュミナの元へと走ると頭を下げた。
慌てたリュミナは、大人げなかったと言い、彼女は皆に頭を下げていった。
だがそれでリュミナが、油迂やゴードンのことを許したわけではない。
そのことはアレスト自身も理解していた。
リュミナの奥にくすぶる何かは、きっと彼らを拒絶しつづけるのだろう。
油迂に視線を少し向け、再び目をそらすアレスト。
今はダメかもしれない。でもいつか皆が皆、分かり合える時が来るのかもしれない。
アレストはそう思うことにした。
そして出立の支度が終わると、アレストたちは荷車を引き、街へと足を進めた。
遠くには、マレスティアの街が映っていた。
――――
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