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第39話 ロシアン天ぷら

「おーい。シータス! シータスってばよう」


 城内に、ウィードの声が響き渡った。


「何でございましょうかウィード様」


「何で朝食なのに、何であいつが作ると毎度毎度、天ぷらなんだよぉ! せめて夕食にしろよ、夕食に!!」


 朝風呂を済ませたウィード。朝食と称して出されるのは、ほとんどが天ぷらであった。原因は彼女、ミンティのせいである。


「そ……そうは申されても、食事当番をお考えになったのは、ウィード様ではないですか……。それに他の者では、いろいろと危険ですし……」


「……た、確かにそうだったな……。腐肉とか食わされるのは御免だし、かといって毒物が混入などになったら、それこそ下痢だけでは済まんしの……」


 実は、この城。料理をまともに作れる人間が、ほぼ一人しかいなかった。

 シータスが天ぷらに塩をつけ、口へと運んでいた。


「もぐ……。もう少し、作れる人間スカウトしますかウィード様」


「そうなぁ……。実際、ワタシとお前、それとミンティか……。もぐもぐ……」


 そのまま二人は、無言のまま食事を続ける。やがて、シータスが何かを思い出したようで、その手が止まった。


「スピーダー、いっそ彼に作らせてみては……」


「あいつか……。あいつは触れた食器や食材を無意味に加速させて、吹き飛ばすから料理そのものが、まず無理だろう……」


 そういってウィードは、天ぷらの山から、再び一つの野菜を箸で摘まんだ。


「時間の流れを遅くできる者でもいれば、ある程度いけると思うのですが……」


「そんな都合のいい人材はこの城におらんじゃろうが、現実を見よシータス……」


 そういって、天ぷらを口にしたウィード。だがその表情は、一瞬にして曇り、おもむろに吐き出したのだ。


「う。うえぇぇ! またミンティのヤツ、やりおったな!!」


 吐き出したものは、ミントの天ぷらであった。歯磨き粉のような爽やかな香りが、噛むごとに鼻から抜けるそれは、ロシアンルーレットならぬロシアン天ぷらであった。


「はっはっは、今日はウィード様の負けのようですね。私めの天ぷらには、そのような物は入っておりませぬ。つまり、私めの勝ちと言うことです」


 ウィードはその指で皿を叩くように、トントンと鳴らすと声を上げた。


「汚いぞシータス! お前はこっちの皿に一切手を付けていないじゃないか! 平等だぞ、平等!」


「むう……、それでは仕方がありませんな。では私めもひとつ……」


 そういって、シータスが天ぷらを一つ摘まみ、口へと運んでいった。その様子を目を輝かせて、横から見ているウィード。


――シャクッ……


 サクサクとした天ぷらの、衣の弾ける音が静かに響いた。シータスは少し眉を潜ませ、額に汗を滲ませると、何事もなかったように、喉の奥へと押しやった。


「……ん? シータスお前……」


「な、なんでございましょうか。ウィード様……」


「――食いおったな……。ハズレを……!」


「な、何をおっしゃっているのか分かりませんが……」


「負けは負けだぞぉ、シータス! 今日はワタシとお前とで、この皿を半分こだ!」


 そういってウィードが、声を荒げたそのときであった。厨房のドアが勢いよく開け放たれ、両肩で緑髪の毛を結わえた女の子が現れた。


 その手には、山盛りの天ぷらが盛られていた。


「ひいいいぃ、ミンティ!! なんじゃ、その山盛りの天ぷらは!」


 彼女の名は『ミンティ』、魔王城の料理担当者であり、三時のお菓子作りも彼女の仕事である。本人の意思とは無関係に、心拍が上がるとその周囲にミントが発生することから、神殿を追放された者であった。


 趣味は料理と山菜取り、そして街への買い出し。

 だが、ときおり食事にミントが混入することで、ウィードたちの不満の原因にもなっていた。


「ウィード様……。もっと広い部屋にしていただかないと、ファーメイさんの部屋の壁が、また崩壊してしまいます」


 ミンティの部屋はミントによって覆われていた。定期的に駆除しないと、壁の隙間に潜り込み、その壁そのものを崩してしまうのだ。


 だが、利点はあった。ミンティとシリカをファーメイの両隣にすることで、城の臭気問題を解決してくれるのだ。


「くっ……。もう少し自制できんのか。そのスキルは……!」


「はっはっは、自生だけにって感じですな」


 シータスは、口元をほころばせ、両手をたたいた。ウィードは、テーブルにあるミントの天ぷらを鷲掴みにすると、そのまま彼の口に押し込んだ。


「シータスは、ちょっと黙っとれ! まったく……」


「――ゴファ!!」


 シータスがウィードの前でもがいていると、ミンティがその横で目を丸くしていた。


「……。そんなに暴れるほど好きだったなんて……。もっと作ってきた方が、よろしかったですか?」


「逆じゃぼけぇ!! ミントが許せるのはアイスまでと、相場が決まっとるんじゃあ! 料理にぶち込んだら台無しじゃろうがぁあぁぁ!」


「……えええっ!」


「大体お前はじゃなあ、朝から胃もたれしそうな天ぷらをチョイスしおるし、っていうか、毎朝毎朝天ぷらじゃないか!!」


 その言葉にミンティの目がじわっと潤む。


「……。ま、まおうさま……。わたしの天ぷらとミント、お嫌いですか……」


 ミンティはうっすら涙を浮かべ、上目遣いでウィードに視線を合わせた。

 それを見たウィードは、後ろを向くとミンティから背を背けた。そして、後ろで手を組むと、小さな声でミンティに言った。


「……だ、だから。今日のおやつは、ミントアイスを、お……大盛りで頼もうかのう……」


 言葉を耳にしたミンティの目は、一瞬で色を取り戻した。そして、両手を広げ、ウィードに抱きついた。


「う、ウィード様!!」


「まてまてまて、貴様が近づくと、衣装が! 衣装がァ!!」


 ミンティは、ウィードの胸に顔を埋めると、両手をウィードの背中に回した。

 ウィードは、ミンティの頭を両手で掴み、引きはがそうと抵抗した。だが、ミンティの力は意外に強く、ウィードでは太刀打ちできなかった。


「ちょ、ちょっと待つのじゃミンティ!!!」


 叫ぶウィード。むせ続けるシータス。ギリギリと音を立て、ウィードを締め付けていくミンティ。


 ほどなくして、ウィードのマントや鎧の隙間から、無数のミントが生え始めると、それが次第に彼女を覆っていった。


――――

――

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