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第38話 魔王ウィードとその日常【第2部開始】

第二部は、少しトーンが変わります。

自称魔王たちと神殿との関わりを混ぜながら、油迂やアレストたちを混ぜつつ進めていきます。

お口に合うようでしたら、そのまま読み進めていただけると幸いです。

 あの頃、油迂はまだ知らなかった。世界のどこかで、同じような者たちが居場所を作っていることを。


 そこは、マレスティアより西、霊峰ゲルヘイナのふもとにあった。


 魔物によって作らせた城、つまり魔王城(自称)である。


 ただし、それは世界を滅ぼすために作られた城ではない。

 神殿に捨てられた勇者たちが、なんとか今日を生きるための場所であった。


「ふふふ……ハッハッハ!!」


 薄暗い城内に声が響いた。漆黒のマントをバサバサと翻しては、鏡の前に立ちポーズを決める娘。


「遂に……遂に、私の時代が来たのじゃ!」


 その、妙に鼻にかかった声の主の横には、白い口髭を蓄えた黒いタキシード姿の男性が佇んでいた。


「おめでとうございます! 勇者様!」


 彼女は、眉をひそませると、その初老の男性の顔を見上げた。


「……おいおいおい、シータスよォ。そこは勇者様じゃなくて、魔王様だろう……」


「失礼いたしました。ウィード様」


 軽くお辞儀をする彼は、シータス。この自称魔王ウィードに仕える参謀で、元勇者である。神殿で使えないスキルを引いてしまったため、マレスティアを追放され、こうしてウィードとその仲間たちと共に生活していた。


「ウィード様じゃなくて、練習くらいは魔王様と呼べと言っておろうに……」


「いやぁ、そうは言いましても。ほら、あまり争い事は……」


「シータスよォ……練習なんだから、少しは乗ってこいよもう……、いっつもノリが悪いんだから……」


「はっはっは。海苔だけにって事ですかな?」


 ちなみに、彼のスキルは海苔……ではなく、アオサの召喚であった。


「はぁ……。いいよもう、今日の練習は終わりだ。温泉に入ってくる……」


「ま、またですか……。さっき掃除したばかりなのですが……」


「いいではないか、ワタシが掘り当てたんだし。なにより、洗っても身体が汚れている気がしてならんのだ」


 彼女。自称魔王ウィードは、毎朝行う『世界征服後の練習』の後に、温泉に浸かるのが日課であった。


 とはいえ、本気で世界征服を望んでいる訳ではない。それは遠い過去の記憶、本やテレビで見た勇者より、魔王の方が魅力的に感じ、なにより立ち姿が格好良かった。ただそれだけであった。


 そして、城にある温泉。これは、彼女がヒル・ワームを従える実験中、偶然掘り当てたものである。結局そのままにしておくのは、もったいなかったため、そこに居城を構えたということであった。


 こうして、名ばかりの魔王の一日が始まった。


 ウィードは、鼻歌を口ずさみながら、温泉へと向かう。しかし、通路に漂う突然の腐臭に鼻をつまむと、足を止めた。

 そこは、ある勇者の部屋の前であった。扉は開いており、中からは腐敗臭が漂ってきた。


「おい、ファーメイ! 生きてるんだろ、扉くらい閉めろ!」


「うう……」


 部屋の奥の暗闇から、呻く男の声が聞こえてきた。ウィードの背後から差し込んだ光が、僅かにその身体を照らした。


――パンツを残し、ほぼ全裸であった。


 床にうつ伏せになっている彼の名は、ファーメイ。


 彼のスキルは緊張すると、周囲数メートルの食物および纏っている衣服を加速度的に発酵させる。そのため、衣服は着ていない。というか、朽ちて着られないのである。


 仕方がないので彼は、特注の金属製のパンツを履いている。


「……扉を締めたら、臭くて耐えられないっす……。魔王様の力で換気装置でもつけて下さいよ」


「ううむ……何度も言うが、ワタシの力は青海苔で、相手を魅了することくらいしか出来んのじゃぞ……」


「じゃあせめて、隣のシリカの部屋と繋げてくださいよ。そうすりゃあ多少は臭いも……」


 その時であった。ファーメイの隣の部屋。つまり、シリカの部屋の扉が勢いよく開け放たれた。

 部屋から出てくるや否やドスドスと苛立つような足音を立て、ヘアピンを何本も刺した白髪の女の子が、むすっとした表情でウィードの前に現れた。


「何言ってんすか、魔王様!! ファーメイと同じ空間にしないで下さいっすよ!!」


「ぐっ……貴様はシリカ。聞いておったのか……」


 ウィードがそう言うと、シリカはファーメイの部屋に白い粉末を投げ入れた。

 彼女のスキルは、水分や臭いを吸着できる粉末を出せるというものであった。

 それこそが、彼女の日課である。


 シリカは、ウィードに顔を近づけようとした。

 だが、ウィードは慌てて身を離して距離を取った。


「ま、まてそんなに身体を近づけるでない! お主の能力でワタシが干からびてしまうじゃろうが!」


「ファーメイの部屋に繋げたら抱きつくっすよ……」


「ままま、待て! とりあえず何とかしてみるから、もう何日か待て!」


「あたしの部屋と繋げないっすよね。大丈夫なんですよね魔王様」


 シリカは、両手を拡げたままウィードにじりじりと近づいてきた。


「わかったから! わかったって、もう! ヒル・ワームとマッド・アントを使ってなんとかするから!」


 ヒル・ワームとマッド・アントは城の建設に役立っていた。ワームが土を柔らかくし、アントが複雑な造形と運搬を担っていた。


「……別にそれなら良いっすけど……。でも、これだけは言っておくっす。絶対に繋げないでくださいっすよ!」


 シリカは、それだけ言うとファーメイの扉を閉め、再び部屋へと戻っていった。


「はぁ……、なんだって、こいつらは……」


 扉に視線を向けたウィードは、腰に手を当てると、ため息をこぼした。


「とりあえず、温泉……行くか……」


 そういって、ファーメイとシリカの部屋を後にした。


 いくつもの通路を曲がって進んでいくと、僅かな湿り気と熱気が辺りを覆ってきた。

 それが、ウィードの身体に付着している青海苔を湿らせていった。


 このウィードの手から無限に沸きだす青海苔は、魔物に食べさせることで従者としてコントロールできるというものであった。

 先ほどのヒル・ワームとマッド・アントもそうである。意のままに操り、そうして作らせたのがこの城だった。


 効果の見た目は、非常に微妙なものであったが、従えるという点では万能スキルといっても過言ではなかった。


 だが、日常生活ともなると、そうはいかない。


 手や身体を洗う時、そして入浴時。その青海苔が、付いて離れないのだ。

 入浴のたびに温泉は汚れ、それをシータスが掃除する。


 湯船に浮かびながら、ウィードがその手を見つめ、言葉をこぼす。


「毎度毎度、なんなんこれ……」


 湯煙とともに彼女の声が響いていった。


――――

――

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