第36話 堕ちたセリナ
――あむ……。
その瞬間セリナが頬に手を当て、光悦の表情を見せる。そのすぐ横では、アレストが唇を噛みしめ涙を浮かべていた。
咀嚼するセリナ。やがて目を瞑り、舌で素材の味と混ざり合うマヨネーズを探っていく。
(深い味わい……。これはやはり卵黄でしょうか、濃厚な香りと後から来るうま味が突き抜け、そして……)
無言のまま、それを確かめるように味わうセリナ。それは、漏らす息さえ勿体ないほどに感じる。そしてまもなく、その獲物を喉へと押し流し、喉を鳴らした。
セリナは目を見開くと、声を上げた。
「アレスト様! この味の根底にあるのは…… って。あ、あれ……?」
そこにアレストはおらず、ただ白い空間に、折れ散った木々が散乱していた。
「こ、ここは。以前見た、謎の空間――!」
空を見上げたセリナには、雲間に『ふくよかな女神』が映った。彼女は腕で身構えるように防御姿勢をとると、一筋の光線を受け、地面へと押し流されるように激突。
少し遅れて轟音が響き、土煙があたりを覆う。
その様子を見て、ふくよかな女神に駆け寄ろうとするセリナ。だが、その視線の先には、それとは別の青い女神が手のひらをこちらに向け、叫んでいるようであった。
「――げてッ!!」
その瞬間であった。上空から黒い影が、青い女神の前に落ちてくる。
「ふふふ……ハッハッハ! 貴様ら女神の力など、取るに足らんわ!!」
その黒い影は、禍々しい角を持った漆黒のデーモン。彼は青い女神の身体を踏みつけると、高らかに笑っていた。
やがてその悪魔は両手を掲げ、緑とも紫ともとれる、エネルギーの球体を作り出していった。そして――
「お、お逃げなさい……!」
そう言ってふくよかな女神は、セリナに向かって震える手を差し向けた。
だが、セリナは逃げなかった。その女神に、覆い被さっていた。目を瞑りその身体にしがみつく。
そして、衝撃が襲いかかる……はずだった。
――衝撃は来なかった。
目を開き後ろを振り返れば、青い女神は踏みつける悪魔の足を逃れ、背後に回り込んでいた。
そして、悪魔を羽交締めにすると、その口へ手を差し入れ、無理やりこじ開けようとしていた。
――お願い……!
青い女神の消えそうな声が、僅かに響く。
その声に呼応するように、ふくよかな女神が動いた。その悪魔の口を指差すように、一本の指を狙い定めるように向けていた。
――やがて、その指先に真っ白な螺旋が、練られていく。
そして、放たれたのだ。その白い閃光が!
真っ直ぐ伸びる一本の筋は衝撃波を生み、その周囲には空気の渦を形成する。
暴れる悪魔は、その光から身を捩って逃れようとする。
だが、それは叶わなかった。青い女神の渾身の力で、その動きは封じられていたのだ。
――閃光が直撃する!
光の渦がその悪魔の口を中心に走り、そして無数の液体が飛び散る。
それはびちゃびちゃと音を立て、凄まじい勢いで辺りへと降り注いでいった。
セリナは目を細め、降りかかる液体から顔を背けていた。だが、その勢いは留まることを知らない。
やがてセリナのその身体は、白い海へと沈むと、次第に意識を失っていった。
――――
――
――ッはあッ、はあッ!!
「セリナ! どうしたセリナ!!」
突然息を荒くし、虚ろになっているセリナの様子にアレストが肩を揺すった。ほどなくして、セリナが目覚めた。天井を見ていた目が、アレストを見つけると、その青い瞳に焦点を定めた。
そして、声を震わせたのだ。
「あああ、アレスト様!! か、神が……!! 神が見えたのです!!」
その異常な様子に、アレストがセリナの肩に力を入れる。
「な、何がどうなっているんだ! 説明しろセリナ!」
「こ、こう食べたら。視界が真っ白になって、白い海が……!」
セリナが再び、マヨネーズを口にした瞬間であった。白目を剥き、力が抜けるとアレストに体を預けたのだ。
そして――、
「ゴファ!! あ、アレスト様! アレスト様ァ!!」
セリナは再びアレストの名を叫ぶが、そこは白い海原。そして、今にも溺れそうなセリナは、波間に沈まぬよう必死に抗っていた。
「ここは、さっきの――海ッ!?」
セリナは手に持つ杖を浮き輪代わりに、引き寄せては掴もうとする。だが、それはあまりにも小さすぎた。やがて足に痺れと痛みを感じ、身動きが取れなくなっていく。
そして、視点は沈みながら水面へと差し掛かろうとしたとき、その白い海を楽しそうに泳ぐ一体の悪魔が、視界の向こうへと消えていった。
――――
――




