第35話 公然摂取
「乾杯ー!」
油迂とゴードンのスキル解放記念と称して、南方ギルド内で祝杯をあげていた。
特殊結晶は入手難度が高いことから、使用後はこうして讃えるのが冒険者の中では通例である。
そんな中、ゴードンが酒と料理に舌鼓を打ち、あらゆる食べ物を片っ端から貪っていた。
実は結晶を受肉させるにあたり、被験者は空腹でなければならないと決まりがあり、彼は昨晩から何も食べていなかったのである。
「うおお! うめぇなコレ! 油迂のマヨネーズが無くても十分いけるじゃねぇかよ!!」
「す、すいませんね。ゴードンさん。いつもなら出せたんですが、少し使いすぎたからですかね……」
「ガハハ! 気にするな油迂!」
油迂のマヨネーズは出なくなっていた、実験と称し魔術ギルドで、大量に使ったためだろうか。油迂はそう考えていた。
「なあ、それにしてもアレスト」
「何だゴードン、そんな改まって……」
酒をちびちびと飲み、虚ろな目でうなだれているアレスト。あそこまでして、何の効果が無かったというのが、正直応えたらしい。頬杖をつき、何度もため息をこぼしていた。
そんなアレストのことも知らず、料理評論家にでもなったような論調で喋り、食べ物を胃袋へと押し流していく。
「このギルド。いつの間にか、料理の腕が上がったな! なんとも言えない深い味わい、この酒も結構好きだぜ! ガハハ!」
「ふーん……。お前はいいなぁ、気楽そうで……」
その後も談笑は続き、皿を空けていくゴードンであったが、その食いっぷりの汚さに、リュミナが声を上げた。
「少しは味わって食べなさいよ、ゴードン! 皿に少し残ってるでしょ!!」
「いやあ、悪いリュミナ。あまりのウマさに、手と口が追いつかなくてな! ガハハ!」
「――まったく、もう!」
リュミナが怒るなか、その一方で、油迂に変化が出始めた。食べ物を摂るたび、僅かずつではあるが、マヨネーズが出せるようになっていったのだ。
それに気付いた油迂は、目の前の小皿に少量のマヨネーズを注ぎ、ディップソースのように野菜を浸して齧っていった。
そんな様子を目撃したゴードンだったが、気にも留めず、むしろ油迂が再び出せたことに対して、安堵の表情を浮かべた。
「おおっ。出せるようになって、よかったじゃねぇか油迂!」
「食べてたら、なんだか急に出せるようになったんですよ」
「そりゃ、あれだ。腹が減ってるからだろ。魔力切れってヤツじゃあねぇのか」
ゴードンのそれに、そういうものなのかと、妙に納得した油迂。以前も出せなくなったことはあったが、結局食事を摂れば、元通り出せるようになるというのが、分かって来たのだ。
「まだ、少ししか出せませんが。要ります?」
油迂がゴードンに尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「いや、好意は嬉しいが、今は純粋に『素材の味』を楽しみたい気分なんだ。それにそれは、元々お前のものだから、今日は遠慮しておくとするぜ! ガハハ!」
ゴードンのそんな様子に、リュミナが肩をすくませた。
「へぇ、珍しい……。ただ欲しがるだけの『バカじゃなかった』ってことね」
「バカとはなんだ。バカとは。いっつも要求してたら油迂が困るだろ。だから今日は休肝日ならぬ、休マヨ日ってことよ」
「まぁこの前みたく、いざって時に出せるようにしておかないと、何が起こるか分からないしね……。さて、ちょっとお手洗いに行ってくる……」
ゴードンとリュミナのやりとりをただ呆然と眺めていたアレストであったが、リュミナが席を外すと言った瞬間、突然思い立ったように背筋を伸ばした。
「ゴードン、お前。マヨネーズは要らんのか?」
アレストがそう聞くとゴードンが眉間にシワを寄せた。
「今日は大丈夫だ。つーかアレスト、お前こそ要らんのか?」
「――!」
ゴードンからは、意外な反応が返ってきた。
アレストは思った。
同志……、として見ているのか。それとも私の実験欲として見ているのか、それは解らぬ。ただ何気ない会話として、ゴードンはマヨネーズを勧めてきた。
裏があるのだろうか、そう考えてもみた。だが、そんな器用なことをこの男が出来る訳が無い。アレストは、自身をそう説き伏せた。
そしてアレストは、平静を装い油迂にマヨネーズを出すよう願ったのだ。
「ゆ……油迂。貰えるか、それを。少し試してみたい」
震える唇で、なんとか振り絞った声。ゴードンに悟られぬようにしていたはずが、足が震えて止まらなかった。
その様子に気付いたセリナが、アレストの震える足に手を這わせた。
そして、顔を近づけるとアレストだけに聞こえるように耳元で囁いたのだ。
「大丈夫です。わたしがいますから……」
その瞬間アレストは目を丸くして、セリナに視線を合わせた。そして返す言葉を遮るように、セリナの言葉が重なった。
「任せてください」
そこには小さく頷くセリナと、次第に曇っていくアレストの顔があった。
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