第34話 上司たち
瓶に入った液体は、地面に掘られた一つの窪みから注がれる。それは無数に枝分かれした溝を伝い、無機質だった魔法陣を次第に赤く染めていく。
そして、ほのかに光を発しながら、シュウシュウと音を立て、焦げるような臭いを辺りに撒き散らしていった。
それから間もなくして、一つの魔法陣が形取られると、その紅色に染まった線の上を、炎が走った。
その様子を前に、アレストは思った。
――たのむ! 来てくれ!
油迂とリュミナ、そしてセリナは壁際に立ち、ただ様子を見ている中、アレストだけ額の前で手を組み、手を振るわせていた。
神官は詠唱を続け、ゴードンの腹の前にある結晶から光が溢れ出し、そして。
――閃光が放たれた
まぶたを閉じていてもなお、貫いてくる眩しい光が部屋全体を照らす。
だがそれは一瞬のことであった。結晶はその光を、二秒ほど放ち尽くしたところで沈黙した。魔法陣はその色を失うと、僅かな炎が溝の上でくすぶっていた。
神官の詠唱が止まった。アレストたちに身体を向け、ゆっくりと口を開いた。
「……無事、おわったぞい……」
「お、おお……! どうだ、ゴードン。体の調子は!」
アレストが期待を膨らませ、ゴードンの前で目を輝かせている。だが、彼は椅子に拘束され、皿を咥えている。そんな状況で喋れるわけはない。
「はひゃくほへろ!!」
ガチャガチャと拘束具を鳴らし、咥えている皿を揺らしている。
「ああっ、すまない。今外す、ゴードン! つい期待が先走ってしまった!」
そう言うと、アレストたちはゴードンから拘束具を外していく。
――
「ガハハ! やっと解放されたわ!」
ゴードンは腕をさすると、その身起こした。横にいたリュミナは、手を腰に添え、ため息混じりに口を開く。
「で、ゴードン。どうなの、それ。マヨネーズっていうのは、何か有益な影響を与えられたの? それとも、別の何かに目覚めた感じはあるの?」
ゴードンは髭を摩ると、首を傾げた。
「うーむ……。わからん!!」
「……『分からん』て、何よ! 何か解放されたりしたんでしょ? アレスト様も、なんとか言ってやってくださいよ!」
声を上げるリュミナ。それに身を乗り出すように、アレストが言葉をつづけた。
「ご、ゴードン……。なんかこう身体の奥底から沸く、力というかオーラとかそういうものは、感じられなかったのか?」
「ガハハ! いやあ、それがだな、アレスト。衝撃無効とか、そういう符号めいた文字とかじゃないんだ。なんつーか、感覚が敏感になったというか、空気の流れを肌で感じるというか……。そういう漠然とした感じだ!」
頭を掻きながらゴードンが自分の感覚を言葉に表す。その横では、アレストが視線を落とし、呟いた。
「感覚……か……。結局は油迂の出すマヨネーズには何の影響も与えない、ということか……」
その言葉に違和感を感じたセリナが、思わず聞き返した。
「えっ。ゴードンの欲望じゃなく、マヨネーズの影響を調べたんですか!?」
「あっ。いや、そそそ……そういう訳じゃないんだ。そういった多方面からみた影響をだな!」
「だ、大丈夫ですかアレスト様。すごい汗ですよ……」
「だ、大丈夫だ、セリナ。問題ない。少し魔法陣の炎にやられただけだ」
「そ、それならいいのですが……」
視線を逸らしているアレストに、ゴードンがその身体を向けると、自身の腕を触りながら口を開いた。
「おう、でも何かこれ。感覚が敏感になったせいか、気配とかそういうのを感じられるようになった気がするな」
「なるほど、……とすれば、敵の気配を察知して、有利に戦闘を進められるということか!」
その様子を見てアレストが言うと、後片付けをしている神官が言葉をこぼした。
「それはたぶん、超知覚じゃな。隠密行動や危険回避に特化したスキルじゃろう」
それを聞いたアレストは、ゴードンのほうを再び見て声を荒げた。
「いや、ちょっとまて。ゴードンのクソでかい身体で隠密行動というのは、意味がないのでは……。それに危険回避って、ゴードン。お前は盾役だろ!」
「わ、ワシにそんなことを言うなアレスト。好きでこんなスキルを得たわけじゃないぞ。それに、感知できるということは、アレスト。お主や皆を狙う敵や魔物を、先回りして庇うことも出来るってことよ!」
実際ゴードンの欲望が何なのかは分からなかったが、結果として感知スキルが発現したということであった。
熟考していたアレストは、スキルの戦闘性能についての考察を始めると、それが改めて有用であったと認識した。
「なるほど……。それならば確かに有用なスキルであるな。まぁ、変なスキルじゃなくてよかったなゴードン!」
「おうよ。ガハハ!」
瓶を鞄へとまとめ、帽子と袈裟を羽織ると神官はゆっくりと立ち上がった。
「さて、ワシは行くぞい。もう儀式は済んだのでな」
「あ、ありがとうございました神官様!」
その言葉に、アレストが深く頭を下げた。
「いや、なに。いつも通り仕事をしたまでじゃ。しかし、上の連中はこんなものまで、こしらえおって何を考えているんじゃか……」
ピカピカ光る帽子をかぶり、袈裟を裾をひっぱる神官は、その言葉を漏らした。そして、歩きながら油迂が言葉を重ねた。
「このピカピカの衣装は、上の方たちが原因ですか……」
「……全く浮かれおってからに、やるからには突き抜けろって、バカしかおらんのか上層部は……」
愚痴を続ける神官に相槌を打つ油迂。上の連中が代替わりした結果が今のこの現状を招いていると言い、昔から支えていた神官たちも同様にして愚痴を零していると言っていた。
「く、苦労してるんですね……」
「こんなことを思わず言ってしまったが、このことは内緒じゃぞ」
「え、ええ……」
そういって、魔術ギルドを後にした油迂とアレスト達であった。
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