第32話 儀式とリュミナ
「つ、着きました! 今、係の者を連れて参りますので。結晶を使う方は円の中心にある椅子を使ってください。それでは失礼します!」
その部屋は切り出された石のみで作られていた。薄暗く息苦しさを覚えるほど狭い部屋には、燭台が壁面に並んでいた。
辺り一面には乾いた血痕が描かれており、日の光が差し込む隙間はなかった。
部屋の中央には、大きめの鉄の椅子が置かれ、手足を繋ぐ頑丈そうな鎖と、テーブルが備え付けられていた。
そして、それを囲むように地面に魔法陣が彫ってある。
そんな異様な佇まいに、油迂は眉をひそめた。
「えっ……ここで良いんですよね……?」
アレストは顎を手で触ると、油迂に視線を向けた。
「そうか、油迂は初めてだったな。前に来た時より悪趣味になっているが、間違いないだろう」
「ま、まさか。拷問部屋じゃないですよね……」
「もちろんだ。では、始めるぞ油迂」
「は?」
油迂が目を丸くすると、アレストは誤魔化すように慌てて咳払いした。
「……じゃなかった、ゴードン。お前はとりあえず、その椅子に座れ」
「あいよ、アレスト。つーか、いつ座っても座り心地が悪すぎるぜ」
ゴードンが椅子に手をかけ、その体重をかけるたびに、ギシギシと金属の擦れた音が静かに響く。
やがて、その大きな身体は後ろに傾き、背もたれに深く身体が沈むと、ゴードンは口を開いた。
「……なぁ、アレスト。この手枷と足枷は、付けなきゃいけないのか?」
「今回は、何故か取り付けられているから、これを使う。万が一……ということもあるからな」
カチャカチャと音を立て、アレストはゴードンに拘束器具を取り付けていく。
「あ、アレスト様……。一体何を……」
セリナが不安そうに身体を震わせ、アレストへと視線を向けていた。そしてアレストは立ち上がると、一枚の皿を取り出し、油迂へと差し出した。
「この皿に、お前のマヨネーズを出すのだ」
「アレスト様……。言っていることの意味が、全く分かりませんが……」
「気にするな、さっきも言っているが、これは実験だ」
「……い、一体何の実験が始まるんですか……アレスト様」
「気になるか、セリナ。これはマヨネーズを使った実験なのだ。結晶が持つ力と、油迂の持つ未知のマヨネーズがどう作用するかのな!」
「いやいやいや、意味が分からないんですけど!」
この時アレストは願っていた。油迂、頼む折れてくれと。
アレストの計画はこうだ。
マヨネーズを欲するゴードンが、スキル解放の奥にある深層心理に触れる。そして油迂のスキルに影響を及ぼし、何らかのオーラを出す。
そう期待しているのだ。
リュミナが腕を組んで、ゴードンを睨み付けている。
「アレですかアレスト様。この鬱陶しいゴードンの口をマヨネーズで塞ぎ窒息死させるってことですか」
「ち、違ッ! そんなことなどしない。ただ欲望がどう作用するかを確認したかったのだ!」
身体全体で否定を表すアレストは、どこか必死だった。だが、リュミナはそれで納得しているようであった。
「……た、たしかに……」
それはかつて、リュミナ自身が本の嗅ぎ分けであったように、ゴードンが何を解放するのか、気にはなっていた。
「アレスト様。結晶は、本人の願いが強く出るってことですか?」
リュミナがアレストの方を見て仮説を立てる。
「そうだ……。だから材料を用意すれば、その方向に強化される……と、私は考えている」
だが、そこはリュミナ。特殊結晶という貴重な資源を、効率よく使用できる方法を考察していた。
「それなら何も、マヨネーズじゃなくても、いいんじゃないですか? マヨネーズ好きをさらに強化しても、油迂が干からびるだけですよ」
「うっ……」
リュミナの言葉に、アレストが口籠ると、リュミナはそのまま言葉をつづけた。
「それと、盾役のゴードンなら、武具屋のカタログとか、大好きな防具買える券とかで、良いんじゃないですか」
「そんな浅い欲望では効果が見えにくいと思ったのだ、リュミナ」
リュミナがアレストの目に視線を合わせると、声を上げた。
「浅い欲望……。でもあたし。小さい頃は○○券とかで頑張っていました! 例えばですが、晩ご飯が手作りコロッケになる券とか、お風呂が一番には入れる券とか、だからゴードンでもいけると思います!」
「あっ、いや。その……券はちょっと……」
リュミナの見つめてくる視線に目を泳がせるアレスト。そして、畳みかけるようにリュミナが続けた。
「け、券をバカにするんですか! お、お母さんだって喜んでいましたし、アタシだってそのために頑張ったことだってあります!」
アレストは、しばらく沈黙すると、リュミナから視線をそらし、静かに口を開いた。
「ま……まぁそうだな。うん……。それは次回考えるとして、とりあえず、今回はマヨネーズで試してみようじゃないか」
「ホントですね!? 次は絶対ですよ!」
「あ……ああ……」
リュミナの提案に押し負けそうなアレストであったが、なんとかマヨネーズを使えそうだと思うと、その口が僅かにほころんだ。
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