第31話 記念祭
重いドアが開くと、中からは溢れんばかりの光が漏れ出す。
魔術ギルドは、創設50周年記念祭の真っ最中であった。右を見ても魔道球、左を見ても魔道球。ギラギラと鬱陶しいぐらいに装飾された内装は、リュミナをキレさせるのに、そう時間はかからなかった。
「ぐああああぁぁあ!!」
頭を抱え絶叫するリュミナ。辺りの椅子を掴み、投げつけようとするが、傍にいたアレストと油迂が咄嗟に身体を抑えた。
「リュミナ、しっかりして!」
「しっかりしてください! リュミナさん!」
「――ッはぁ、ッはぁ! アレスト様……。それと、何掴んでんのよ油迂ッ!」
その手を振りほどこうと暴れるリュミナに、油迂が声を上げる。
「お、落ち着いてください! 子どもの前ですよ!」
「――はっ……」
油迂の声を聞いて、その手がぴたりと止まる。リュミナの視線の先には、腰ほどの女の子が一人、こちらを見上げていた。
リュミナが声をかけようと口を僅かに開くと、その子は奥へと走っていった。そして、母親らしき人の足にしがみつき、再びこちらの様子をじっと見ていた。
「……うっ……。ご、ごめんなさい……」
意外にもその言葉は、油迂に向かってだった。
「い、いや。気にしなくて良いんで」
「こ、こういう。浮かれた場所……。な、慣れてなくて」
そう言って、肩を落とすリュミナ。その横で、油迂が静かに言った。
「俺も……こういうのは好きじゃないです。なんかこう、せっかく使うなら、生活に役立つ使い方をして欲しいですね……」
その言葉に小さく頷くと、リュミナの目には色が戻っていった。
「そ、そうよね! そうなのよアレスト様!!」
リュミナはアレストの手を握った。
「えっ……ええ……」
そして振り返ると油迂の背中を、バンバン叩いた。
「分かってるじゃない油迂! あんた意外と見直したわよ!!」
「ぐはっ……! い、痛いですよ!」
笑いながら叩いてくるリュミナに、油迂の顔が思わずほころんでいた。
そして――
アレストたちが受付の前へ足を進めると、丸い眼鏡をかけたおさげの職員が、こちらに気付いた。僅かに顔を上げ、そのまま無視するように視線をそらした。
「ええと、この特殊結晶の融合術式をお願いしたいのですが」
アレストがそう言うと、職員は面倒くさそうに言葉をこぼした。
「はぁ……。いま忙しいんですよ。もう少し後にしてくれませんか……」
「……」
アレストは無言のまま、一枚の紙切れを渡した。
――酢の勇者の名刺である。
僅かに饐えた匂いのするその名刺は、酢の勇者からアレストに送られたものである。
職員はその一切れの紙を手にすると、顔がみるみる青くなっていった。
「すすす、すいません! 今処理しますので、そのまま暫くお待ちください!」
職員はカウンターの奥の部屋へと消え、ガタガタと物音を立てては、何かを探しているようであった。
やがてその音が止まると、慌てた様子で戻ってきた。
「お待たせしました! 今案内しますんで。あ、あの方は呼ばないでください!」
ギルド職員が先頭に立ち、足早に廊下を進んで行く。
油迂は、ついて行く職員の後ろで、酢の勇者について、アレストに聞いてみることにした。
「アレスト様、なんだってあんなに変わるんですか……。それにその名刺は一体……」
「あ……ああ。あれはビネガー……いや、酢の勇者を助けたときに貰ったんだ」
「そ、それはある程度分かりますが、その怯えようが尋常じゃないってことですよ」
アレストは口に手を当て、眉間にシワを寄せていた。
「ああ、そっちか。彼はな、身体から独特の液体を放つことができ、その刺激臭で敵の視界と、嗅覚を奪う戦闘スタイル。だが欠点があったんだ」
「聞いてるだけでなんだか、無敵のような気がしますが……」
油迂が聞き返すとアレストは、ゆっくりと語りだした。
「……彼はな。自身の臭いに耐えられないんだ。それとその臭いゆえ、仲間ができなかったんだ……。もちろん、今は違うがな」
「なんだか、俺より酷いじゃないですか……」
「だが、その臭いさえ味方に付けてしまえば、ある意味最強。彼はその臭いを利用して、単身で大型ネズミの駆除に挑んだんだ」
「す、凄いじゃないですか……」
息をのんで、まじまじとアレストを見る油迂。
「だが、戦っている途中。敵に吹きかけるハズだった体液が、風に煽られ自分の目に入ってしまったのだ。
彼は視界を奪われ、のたうち回り、とても戦える状態ではなかったんだ。
そしてそれを目撃した私は、それを見かねて助けに入ったんだ」
「……さすがアレスト様」
油迂は思わず身を乗り出すと、その横ではリュミナが言葉を挟む。
「そうよ油迂、アレスト様は凄いんだから!」
「ま、まぁ。リュミナ……当然のことをしたまでだ。それで、そのときに特殊結晶を得られたというわけだ。お陰でその後は、ある程度体液のコントロールができるようになったみたいだけどね」
だが油迂は、その言葉を聞くと少し首を傾げた。
「でもそうなると、ギルド職員は一体何に怯えてるんです……?」
油迂の軽薄な言葉に、リュミナの声が刺さる。
「何言ってんの、油迂。特殊結晶を使うまでは、激臭垂れ流しでしょ。最初はどうするのよ」
「――あっ……」
「油迂は自力で取り込めたみたいだけど、彼は別よ。どうしても最初だけは、ギルド職員に迷惑がかかるのよ」
その言葉で思い出したかのように、アレストも言葉を重ねた。
「あのときは、厳戒令が敷かれ、街全体が騒然としていたな……。それにギルド内にも、あの臭いが暫く残ったみたいだし……苦労してるんだよビネガーは。そこのデカブツと違ってな!」
「ガハハ! それでな……」
ゴードンはアレストの言葉も耳に入らず、一方的に喋り続けている。その横にいるセリナは、引きつった笑顔に表情を曇らせ、ただただ傾聴していた。
「ゴードン! ほら、もうすぐ着くぞ!」
アレストが、ゴードンの笑い声を遮るように声を上げると、職員の足が部屋の前で止まった。
――――
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