第30話 リュミナの記憶
翌朝、アレストと油迂が部屋の外で鉢合った。アレストが何かを言いかけたその視界の先。油迂の後ろから、リュミナたちがこちらに向かって歩いてきていた。
アレストは不意に油迂の両肩をぎゅっと掴むと、眉をハの字にし、涙を浮かべた。
そしてため息をこぼし、片手で油迂の肩をぽんぽんと軽く叩いた。
「……あ、アレスト……様」
「何も言うな油迂、何も言うでない!」
アレストは腕で涙を拭うと、油迂を押しのけリュミナの前へと歩いて行った。
「あ、アレスト様……目が赤いようですが……」
「何でもない! 目にゴミが入っただけだ! そんなことよりゴードン。今日は貴様の結晶を使いに、魔術ギルドに行くぞ」
そう言って、誤魔化すように魔術ギルドへと向かった。
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そこは、南方ギルドから北方ギルドに向かう途中にある施設。街の中心位置に近く、リュミナが魔術書を買った店の先にあった。
木造三階建ての佇まいは、四方に窓を散らし、一枚の大きな看板が掲げられていた。
「相変わらず趣味が悪い建物ね……」
リュミナの視線の先にあるのは、その巨大な看板。色とりどりの小さな魔道球が浮かび、交互に明滅している。
「ほらリュミナ。ぶすくれてないで、行くよ」
アレストがリュミナの方を振り返った。
「アタシたちが必死で集めている結晶が、こんな使われ方をしているのが納得いかないのよ!」
「まぁ、固いことを言うなリュミナ。時として遊び心も大事だ」
「そうは言いますが……アレスト様」
リュミナの脳裏に、幼いころの記憶がよぎった。
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幼き日のリュミナ。いよいよクリスマスだというのに、浮かない顔をしていた。
その日は薄暗い曇り空だった。
「かあちゃ! サンタってどこから来るの!」
リュミナはリボンを内職する母、マチルダの袖を握り聞いていた。
「おやおや、サンタさんかい。あの方はね、魔術ギルドの先の魔術協会っていう、遠い所からやってくるんだよ」
「ねぇねぇ! なんでうちにはサンタが来ないの? お友達のうちは、毎年来てるって言ってるよ!」
しきりに袖を引っ張り、母マチルダを問い詰めるリュミナ。マチルダは口に手を当て、軽く咳き込んだ。
「ゴホッゴホッ……。それはね、サンタさんは抽選なんだよ……」
「……ちゅうせんって、なぁに?」
マチルダは、リボンの束を取り出すと箱に入れ、その赤いリボンの中に、一本のリボンを混ぜてみせた。そして、リュミナの前にその箱を置いた。
「いいかい。この赤いリボンの束に一つだけ青いリボンがあるでしょ。これを目を閉じて、リュミナ。お前が引いてごらん」
爛々と目を輝かせていたリュミナが、元気に口を開いた。
「わかった!」
ゆっくりと目を閉じ、箱の中をまさぐるリュミナ。首をかしげながら、あれこれと触っては様子をうかがう。そして一本のリボンを掴んだ。
「……それでいいかい? そうしたら、目をゆっくり開けてごらん」
「……んっ……」
マチルダがリュミナに優しく声をかける。するとリュミナが片目ずつゆっくりと瞼を開いていった。
「ダメだった、かあちゃ!」
リュミナの手にあったのは、赤いリボンだった。
マチルダは差しだしてきたそのリボンを受け取ると、再び箱の中へと戻していった。
「おやおや、残念だったねぇ……。それじゃこのリボンをまた束に戻してっと……」
「も、もどしちゃうの?」
その様子に納得がいかないリュミナは、目を丸くしていた。
「そうだよ、これが抽選ってやつさ。だから運がよくないとずうっと来ないんだよ……。そのお友達は、よっぽど運がいいんだねぇ」
「じゃあ、じゃあ。うちはずうっと運が悪いってこと?」
リュミナはマチルダの膝に乗ってその顔を見上げた。
「そうだねえ、父ちゃんも出稼ぎに行ったまま戻らないし。運が悪いのかもしれないねぇ」
足をパタパタと動かし、マチルダを揺りかごのように揺さぶっているリュミナ。
マチルダがリュミナの頭を優しく撫でていると、何か思いついたように、リュミナが突然立ち上がった。
「それじゃあ運を良くするには、どうすればいいの? かあちゃ!」
その言葉を聞くと、マチルダが少し言い淀み、そしてゆっくりと口を開いた。
「……運はね、努力している人の所にやってくるもんさね。うちらはまだまだ、努力が足りないのかもしれないねぇ……。ゴホッ……ゴホッゴホッ!!」
突然咳き込むマチルダ。その様子にリュミナが慌てて、背中をさする。
「か、かあちゃ!! あたし頑張って努力して、かあちゃの分まで頑張る。だからあっち行って休んでて!」
雨の音と共に、室内に響く乾いた水滴の音。
それがいつまでも、耳から離れなかった。
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「……あたし……努力しているのに……」
魔術ギルドの脇で、小さく俯くリュミナ。人に聞こえないように言葉が零れた。
その様子にアレストが、顔を覗かせようとすると、リュミナが慌てて顔を拭った。
「……り、リュミナ?」
「な、なんでもないんです、アレスト様。ほ、ほら行きましょ!」
フードで顔を隠すように、アレストの背を押していったリュミナだった。
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