第29話 不遇勇者たち
アレストと油迂は、そのすえた匂いを感じると、眉をひそませた。
ソルダスと違い礼儀正しい酢の勇者は、軽く会釈をすると足早に奥へと消えていった。
「……あいつは『ビネガー』か。しかし、何だってこの街には、不遇勇者ばかりが集まるのだ。無論わたしたちもだが……」
「す、すみません。アレスト様……」
その傍で油迂が小さく俯くと、アレストが言葉を重ねた。
「ち、違うんだ油迂! そういう意味で言ったのではない。
それは、私のことでもあるからなのだ」
「アレスト様は強いじゃないですか! 剣も使えて、敵も倒せる。俺なんかじゃ辿り着けない高みに、アレスト様はいるんですよ……」
「油迂……今晩付き合え。その時に詳しく話そう」
アレストはそう言うと自室へと姿を消した。
やがて油迂も、自分の部屋へと戻った。そして、窓辺に腰を掛けると空を見上げていた。
「不遇勇者か……」
気がつけば、独り言を呟いていた。
視線は星を追い、その瞬く星は、転移前と同じにさえ見える。
「同じ……そう言えば、さっきの勇者。彼もまた苦しんでいるのかな」
そう思っていた、そのときだった。
アレストから連絡が来た。それは、街の中央広場に来てほしいとのことだった。
油迂は部屋を出て、受付のイーシュに外出する旨を伝えると、そこへと向かった。
――
そこは中央広場であった。
行き交う冒険者たちは談笑しながら歩き、高くそびえる魔導灯が、街路に光を落としていた。
ベンチで俯くアレストは、地面に咲いている小さな花を見つめていた。
やがて彼女は、近づく足音に顔を起こした。
「きたか……」
「お待たせしました。アレスト様」
「まぁこちらに来て、座れ」
そう言って、アレストは隣のベンチを軽く叩いた。
「と……隣、失礼します……」
油迂は、腰をおろすと膝の上で手を組んだ。
辺りに視線を泳がせ、通り過ぎる人々を眺めていた。
魔導灯の明かりが、通り過ぎる人々の影を作ると、次々に長く伸びていく。それは人の通りが過ぎるまで続き、やがて宵闇へと消えていった。
遠くでは、微かな笑い声と喧騒が風に乗って、二人の耳を撫でていった。
アレストが、ため息を一つつくと、ゆっくりと口を開いていった。
「なぁ、油迂。不遇勇者って烙印を押された者、どれくらいいるのか知っているか?」
「……知る限りでは、俺と先ほどの酢の勇者くらいしか思いつきませんが……」
「そうか、実はな……この街だけでも数人ほど、近隣を含めると結構いるとされているんだ」
「そ、そんなに……ですか」
「そうだ。そして私もその一人だ」
その言葉に油迂は、目を見開き僅かに口を開いた。
「アレスト様が……でも一体、何が不遇だって言うんですか……」
アレストは呼吸を整えると、静かに語り始めた。
「実はな、食事を摂っても、ある程度は体重が増えない。
だが困ったことに、食欲だけは日に日に増大していく。ただそれだけのスキル……」
「えっ!? 戦闘とは関係ないじゃないですか!」
「……そうなんだ。そして、最初に言った言葉が問題だった」
「最初……それはマレスティアル神殿で行われた、スキル確認の儀式のことですか?」
「そうだ。その時の私の心境を思い浮かべてほしい。
突然スキルを使えと言われても、何をすればいいのか分からなかった。腹が減る。食べても体型が変わらない。私に分かったのは、その程度だった。
司祭たちは、茶化すように罵り、私を暴食の勇者と名付けると、失敗作と言って追放したのだ」
「そんな過去が……」
アレストは僅かに俯き、間を置いてから、再び語り始めた。
「私もな。ギルドの片隅で、油迂。お前と同じように待機していた者だ。
だが、幸いにも宿屋の店主クリオールに誘われ、そこで知ったのだ。
手に持っている武器を使って斬撃が出せると言うことをな。ただしそれは、極端に腹が減るという条件付きでだが……」
「そうだったんですか……」
「塩や酢の勇者もそうだろう。
説明も聞かず、表面だけ見て使えないとわかると即追放をする。
あの司祭たちは、呼んでおきながら人を簡単に捨てる」
「……た、たしかにそうですが……」
「それに僅かだが、『魔王に対抗する力を集めている』とも聞き取れた」
「……魔王の話は確かに聞きました……。でも、本当にいるんですか?
結構平和ですよ、ここ」
「それは明らかにはなっていない。
だが、今回動いている連中は、私たちと同じ境遇の者である可能性が高いと、思っているんだ。だから……」
アレストは、わずかな沈黙をはさむと、落ち着いた声で続けた。
「私に力を貸してほしい。もしそういう同じ境遇の不遇勇者たちに出会ったら、共に説得して欲しいんだ」
油迂はアレストの方に身体を向け、その眼に視線を合わせた。
「……分かりました、アレスト様。俺にできることであれば、言ってください」
その言葉を聞いたアレストは、背もたれに身体を預けた。
「よかった、私の思いが伝えられて……。
さて、夜風もずいぶん冷えてきた頃だ。そろそろ宿屋に戻らないとな」
油迂が腰を上げ、その場から離れようとしたときだった。
立ち上がったアレストは声を上げ、油迂を呼び止めた。
「油迂、お前が先に帰ってくれ。
二人でいたところを、あいつらに見られると何かと厄介だからな」
「わかりました、アレスト様。それじゃあ先に帰ってます」
油迂はそう言い残し、アレストの元を立ち去った。
見送ったアレストは再びベンチに深くもたれ掛かると、空を見上げ、そして突然頭を抱えた。
――もしできることなら、食事の際に、内緒でマヨネーズを提供してほしい
そのことを言い忘れていた。
「うわあぁぁぁああぁぁぁッ!!」
叫ぶアレストの声が、揺れる葉の音と共に、闇へと消えていった。
やがて油迂が宿屋に戻り、ベッドの中でうとうとし始めた頃――
隣の部屋から、啜り泣く音が聞こえてきた。
――――
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