第28話 摂取した者の思惑
アレスト、ゴードン、セリナの三人の目は泳いでいた。
――「油迂に使えば良いじゃない」
リュミナのその言葉は、三人の心を揺さぶり始めた。
動揺を隠せないアレストは声を震わせた。
「……ばっ、ばばッ、バカな事を言うんじゃないリュミナ!」
ゴードンは思った。
油迂のマヨネーズは日によって量が出せないときがある。
だが、油迂に与えれば、安定して倍以上のマヨネーズを出して貰えるのではないか、と。
セリナは思った。
人の精神性をも変えてしまうほどの味。神の試練……。わたしはそれに抗い、正気を保っていられるのか、と。
アレストは思った。
このまま油迂に与え続け、無限に出せる能力に昇華してもらえば、私の戦闘時間も延び、無限に斬撃が放てるのではないか。そして、それを理由に、皆の前で公然と摂取できるのではないか、と。
三人の思惑が渦巻き、それぞれが頭を抱えていった。
再び沈黙が訪れようとする中、リュミナが口火を切った。
「だって、この前の時の戦闘で、結構使えるって事が分かってきたじゃないですか。
ただ、その用途が敵や味方を滑らせたりとか、目くらましに使えるとか、それくらいしかあたしには思い付きませんが……」
「そ、そそ。そうだよなリュミナ、それくらいしか思い当たらないよな!」
アレストのうわずる声が、無理に自分へ言い聞かせるようだった。そんななか、油迂が手を上げ、立ち上がった。
「いや、これは俺ではなく、リュミナさんのように、正しく魔法を使える人に使うべきだと思いますが」
その言葉を耳にしたリュミナが、僅かに頬を赤らめた。そして、テーブルに両手を付いて立ち上がった。
「あ、あたしは大丈夫! あんたが使って、そのスキルを強化しなさいよ。そうすれば、少しは戦えるようになるでしょ!」
「確かにそうかも知れません。
ですが、俺に使うよりもリュミナさんに使った方が、確実に強くなれると思います!」
油迂の言葉に、リュミナがそっと視線をそらす。
「……そんなの……どう強くなるか分からないじゃない……」
「例えばですが、使ったことで燃費が改善され、詠唱速度を速められるかもしれないじゃないですか。
俺は、リュミナさんが結晶を使う所を見たことがないですが、魔導書が強化されるとか、いろいろ考えられるじゃないですか」
「ま、魔導書の強化……!? そ、そうかもしれないけど……」
リュミナは考えていた。
以前、特殊結晶を使用したとき、メンバーには魔力消費量が改善したと説明した。
実際はそうではなかった。魔導書の鋭い嗅ぎ分けが強化されただけだった。
だが、それがまたしても下らない能力の強化や開花だったら、と考えるといまいち手が出せなかったのだ。
この結晶は本心を映す鏡なのかも知れない。
リュミナはそう思っていたのだ。
「じ、じゃあ……。リーダーなんですから、アレスト様が使ってみてはどうですか」
リュミナはアレストへと言葉を投げた。
「わ、私か……」
同様にして、アレストも考えが揺らいでいた。
私が以前取り込んだ結晶は、一度に食べられる量の増加という、なんとも微妙なものだった。たしかに以前よりは食べやすく、そして沢山食べても胃がもたれることはなくなった。……だが、それだけだった。
それに、こういうのも何だが、私が使ったところで、多分効果は薄い。そして油迂のマヨネーズは食えぬ。そう思っていた。
食わせたい……いや、油迂に与えて燃費代わりに貪りたい。アレストの頭は、既に強欲ならぬ『暴欲』で埋め尽くされようとしていた。
その時であった。沈黙を破るようにセリナがパンと手を叩いた。
一同の視線が、セリナへと集まった。
「はいっ。それならゴードンさんはどうでしょうか」
セリナはゴードンへと視線を向けた。
「わ、ワシか……? たしか以前取り込んだときには……衝撃無効だったか、そのあたりが付いた気がするぞ……」
「ゴードンか……。確かにそれも悪くはないな……」
アレストは、額に手を当てた。そして、その言葉に僅かな可能性を見いだした。
仮にゴードンが取り込み、副作用で舌が変質してマヨネーズを摂取できなくなると考えれば……それは、私に摂取できる可能性が上がるということではないだろうか。
アレストは一度そう考えてみた、だが、それは自身で否定した。
そんなことはないはずだ。
少なからず結晶を使用した際の特性が、極端なマイナスに働くことはない。これは他の者には言っていないが、私は当人の願望を引きずり出す魔具と見ている。
つまり万が一、ゴードンがマヨネーズを強く願い、身体からオーラを発するようになれば、間接的に油迂に影響を与えるようになる。そうすれば、マヨネーズの味や量も変わっていくのではないか。アレストはそう考えたのだ。
アレストはゴードンへ顔を向けると、声を上げた。
「よし、認めようゴードン! お前がそれを取り込むのだ!」
「ガハハ! 盾役は硬くて上等だ、任せとけ!」
そう言って拳を作ると、自分の胸を叩いた。
「それでは、現時点で会議は終了とする。敵の情報に関しては、追って説明するから、今日はもう休んで良いぞ!」
それを聞いたリュミナとセリナ、そしてゴードンは自室に戻るために、別々に部屋を出ていった。
アレストは特殊結晶を鞄にしまうと、油迂とともに広間を後にした。
そして通路の角を曲がろうとしたとき、向かい側から別の冒険者たちが現れた。
彼らは会釈をし、次々に通り過ぎていった。
そのとき、微かな香りが鼻をついた。
――この刺激臭……
それは、酢の勇者だった。
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