第27話 塩の勇者と結晶の使い道
ここは、南方ギルドから歩いて数十分ほど行ったところにある宿屋である。
古めかしい佇まいではあるが、造りはしっかりとしており、二階が入り口、一階が厩舎となっている少し変わった建物であった。
実はこの建物、店主のこだわりが至る所に施されている。
受付脇から一階の厩舎にいる馬の背に落ちることができる落し戸があるのだ。
ほかにも反転する床や壁。緊急脱出用スロープが備えられているという噂である。
「お帰りなさいませ、アレスト様」
そう言って顔を向けてきたのは、受付の『イーシュ』である。
イーシュはこの宿屋の看板娘。そして店主『クリオール』の元パーティメンバーである。
宿帳をめくり、筆を動かしているイーシュは、アレストの顔を見上げた。
「本日は、お帰りが遅いのですね。それに何やら浮かないご様子……」
「い、いやぁ。特に、その……。まぁ気にするな! それより奥の広間を使いたいのだが……」
「奥の広間でしたら、今は『ソルダス様』がお使いのようです。もう少しで出てくるとは思いますが……」
「ソルダスか……。正直、あいつとは関わりたくないのだが」
「アレスト様、ソルダスって一体誰なんですか?」
後ろにいた油迂が、アレストに顔を覗かせた。
「そうか、油迂は知らなかったな……。
アイツは神殿を追放された『塩を召喚する勇者の一人』と言われていて女癖が悪く……」
「――ハッハッハ!!」
開け放たれた扉の奥から、高らかな声が響く。
「ごきげんよう、アレスト嬢。どうだろう、今度私と一緒に酒でも酌み交わしてみないか?」
「結構だ。私達にそんな余裕などはない!」
「ふふっ、そんなに強がらずとも、この私の能力でグラスの縁に塩を付けることもできるのだ。
私の出すソルティ・カクテル……、隣で味わってみたいと思わんのかね?」
ソルダスはアレストの側に来ると、その手をアレストの頬へと近づけた。
アレストはその手を咄嗟に払いのけた。
「しつこいな貴様! 要らんといっているだろ!」
「ふぅむ、今日は一段と機嫌が悪いとみた。
それでは私達は、これで退散するよ。私と呑みたくなったら連絡を寄越すのだアレスト嬢。
それではな! ふふふ……ハッハッハ!!」
ソルダスは、真っ白なマントを翻すと高らかに笑いながら、アレストの脇を通り過ぎていった。
間もなくして、大部屋の奥からソルダスのパーティと思われる、男二人組が現れた。
彼らは申し訳なさそうに一礼をすると、足早に去って行った。
油迂が言葉を漏らす傍らで、アレストの足先は苛立ちを刻んでいた。
「な……、なんなんですかね……」
「あいつはいつもそうだ。女とあらば誰にだって声をかける!
まったく、ふざけやがって……」
そのとき、油迂の視線はソルダスを追っていた。彼はその先で、受付にいるイーシュへ足を進めていた。
顔を引きつらせたまま、ソルダスから顔を背けているイーシュがいた。
ソルダスとの会話とイーシュの愛想笑いが続くにつれ、次第にイーシュの表情が曇っていった。
そして、ソルダスがカウンターの横に回り、イーシュへ手を伸ばした。
そのときだった。イーシュが、受付カウンターの下に手を差し入れると、ソルダスが視界から消えていった。
「ソルダス様ァァ!!」
やがて、メンバーの叫び声とともに、馬の嘶きが床下から響いていた。
――
「……という訳で、最近魔物の動きが活発になっているらしい」
そこは宿屋の奥の広間であった。
アレスト曰く、何者かが徒党を組み、魔物に街を襲わせようとしているとの情報が入った。
それは中央ギルドから伝えられ、各地方ギルドを通じ、冒険者たちにも伝えられていた。
ただ、その情報には、確証が無かった。
ここ最近の中央ギルドの情報は、どこか曖昧で、どこか的外れなことばかりであった。
とはいえ、情報が曖昧だからと無視するわけにもいかない。
街にいる以上、そうした脅威に対処するのも冒険者たちの務めである。
肩をすくませたアレストは、ため息をこぼした。その様子を見ていたゴードンは椅子にもたれると、腕を組んだ。
「ガハハ! そんな連中。このワシがいれば、ひとひねりだ!」
「あのなぁ、お前だけいたって、そいつらは一筋縄ではいかんぞ。なにせ複数の魔物を操れるらしい、という情報だからな……」
「そんなの油迂のマヨネーズがあれば、腐肉に蠅ってな。そこに敵を集めてリュミナの魔法でドカンで終わりだろ? 簡単じゃねぇか!」
「例えが汚すぎてよく分からんが、それは『飛んで火に入る』とか、そういうヤツだろ、まったく……。
それにマヨネーズを欲してるのは……ゴードンだろうが!」
ゴードンはとくに気にも留めていなかったが、アレストの言葉は僅かに詰まった。同時に、油迂の視界の先では、セリナの目が僅かに揺れていた。
ゴードンは、身を乗り出すと、テーブルを軽く叩いた。
「ガハハ! 違いないわ!!」
「と、とりあえずだ。
場合によっては様々な勇者と共闘するかもしれないから、その辺は覚悟しておくように。というわけで、次の議題なんだが……」
アレストが、鞄から頭ほどある結晶を取り出し、テーブルの中央に置いた。そして、椅子に座り直すと両肘をテーブルにつき、軽く手を組んだ。
「……この特殊結晶を誰に使うか……ということだ。
事故とはいえ最後に使ったのは油迂だ。つまり、使用したメンバーは一巡しているということになる……」
油迂の前に、アレスト、リュミナ、セリナ、ゴードンが使用していた。
部屋に沈黙が流れた。
誰も言葉を発しようとはしなかった。
リュミナは本へ意識を向け、ぺらぺらとページをめくっていた。
セリナとゴードンは、アレストに向けていた視線をずらし油迂へと向けた。
それに気付いたアレストは、手で額を覆うと目を瞑った。
アレストは思考を巡らせた。
――もし、油迂に使えば異次元の味になるのだろうか。魅了系へと発展するのだろうか。
そんなことを考えながら、頭の中で様々な仮説を立てていった。
アレストは首を横に振った。与えれば戦闘スキルに特化するのか、しないのか、それは分からない。
だが、戦力の増強はしたい。アレストはそう考えていたのだ。
リュミナが、手を上げて立ち上がった。
「アレスト様いいですか?」
「……な、なんだリュミナ。やはり攻撃魔法を強化したい、そう考えているのか」
「いえ。こういうのは、油迂に使えばいいじゃない」
「――!」「――!」「――!」「えっ……?」
リュミナからそのセリフが飛び出すとは、誰も予想していなかった。
アレスト、ゴードン、セリナすらそうだった。
それは何より、油迂が一番驚いていたのだ。
――――
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