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第26話 寸劇

 そこはギルドの片隅。燭台の炎が揺れ、アレストとセリナの顔を照らしている。

 冒険者たちの談笑があたりを包み、グラスの小突き合う音が至る所から聞こえた。


 そんな喧騒のなか、アレストは意を決して口を開いた。


「じ……実験だ!」


 画策していた。私は画策していたのだ。そう自身に言い聞かせるアレスト。

 視界の先で、リュミナがこちらに視線を送ってくる。時間はない、セリナにはこの嘘で通すしかない。

 そう思ったのだ。


「実験……ですか……」


 壁にもたれ掛かったセリナが、ゆっくりと口を開いた。


「そうだ、どういった反応を示すかの実験。

 それは確かに油迂のもの、だがゴードンを見てみろ!」


 アレストは、遥か後ろにいるゴードンへと視線を向けた。


「彼は、最初の摂取者だ。そして最初の中毒者ということになる……」


 その言葉にセリナが目を丸くした。


「――!」


「いいかセリナよ。私は身をもってそれを摂取し、安全性を確かめる実験を行うのだ。

 スキルに影響するか、体型に影響するか……」


 アレストは、セリナの背後の壁へゆっくりと手をついた。


「で、でも……それなら。

 ゴードンさんを調べたほうが、いいのではないでしょうか……」


「それではダメなのだ。ゴードンは既に向こう側に堕ちている。

 それにあいつは笑ってごまかすことしかせんし、ただの力バカだ!

 スキル云々ではなく、正確に情報を伝えてくれる人間ではないのだ……」


「正確な情報ですか……。確かにそれであれば納得がいきますが……」


 視線を落とすセリナ、それに畳みかけるようにアレストが言葉を重ねる。


「そうなのだ。だからこそ、リーダーであるこの私が、それを試してスキルや身体的変化をつぶさに観察する。

 そしてマヨネーズの欲望に打ち勝って見せようではないか!!」


「それは……ゴードンさんみたいに太ってしまう……ということでしょうか……」


 アレストの顔を見上げるセリナ。


 その目は不安げに揺れていた。一瞬押し黙ったアレストが、再び口を開く。


「……それは分からない。

 だが、私の持つスキル、体型維持《エターナル・ボディライン》があれば、それに耐えられるのかも知れない……」


「で、でも。危険ですアレスト様!!」


 セリナが咄嗟にアレストの手を掴んだ。


「止めるなセリナ。私は……私はッ!!」


「それならば、このわたしをお使いください! わたしは神に仕える身!

 アレスト様が剣であれば、わたしは盾となり喜んでこの身を捧げましょう!!」


 身を起こして声を上げるセリナは、アレストを壁際へと押し付けようとする。


「……えっ。あっ、ちょ……」


「大丈夫です、アレスト様。

 リュミナがマヨネーズを嫌っていることは知っています。

 もちろん、そのことを漏らしたりはしません。それに、毎日日記を付けています!

 情報収集なら任せてください!」


 セリナは、アレストの青い瞳に、彼女自身の瞳が映るくらい、顔を近づけた。


「いや……あの……」


「なので今よりアレスト様のために、油迂さんのマヨネーズを身をもって受け止めて見せます!」


 一言声を上げるたびに、次第にアレストへとその身を寄せていくセリナ。

 アレストは、顔を逸らそうとする。だが、セリナはそれを許さなかった。咄嗟にアレストの顔を両手で押さえつける。

 アレストはその状態のまま上体を反らし、必死にセリナから距離を取ろうとしていた。


「……あ、あの……」


「それにアレスト様が動けなくなったら、戦いにならないじゃないですか。

 こういうのは、わたしの役目なんです!

 わたし。アレスト様の期待に応えて見せますから!」


 セリナの顔は、鼻先が触れそうなほどアレストへ近づいていた。

 アレストは必死に目を閉じ、セリナから逃れようとしている。

 いつもであれば力が出るのに、今日に限っては食事も摂っていなかったためか、全く力が入らなかった。


 アレストは、なんとか声を振り絞った。


「……ちょ、ちょっとセリナ。く、くち! 口がくっついちゃうッ!!」


「――ッ!!!」


 セリナは耳まで真っ赤にして、アレストから顔を離した。

 その一連のやりとりを見ていたリュミナが、二人に向かって言葉を投げた。


「……な、なんだか楽しそうじゃないの……セリナ。それとアレスト様……」


 セリナは目を泳がせたまま、リュミナから距離を取ろうとした。


「ちちち、違うんです、リュミナ。神の啓示を聞いたのです!

 そして、わたしが犠牲になることで、アレスト様を救おうと……」


「……うう……っ。アレスト様のこと心配していたのに……」


 リュミナの頬に一筋の涙が伝った。


「うわぁあぁぁ、リュミナ! すまなかったリュミナァ!!」


 アレストは咄嗟にリュミナの手を引き寄せ、そのまま抱きしめる。


「よしよしよし、リュミナ。ほらもう大丈夫だ!」


 すんすんという小さな泣き声が、アレストの胸元から聞こえる。


 アレストは優しくリュミナの髪を撫でている。その前には、セリナが立っていた。

 震える手を小さく握りしめ、彼女はうっすらと涙を滲ませる。


 慌てふためくアレストは、咄嗟にセリナへ手を伸ばそうとする。


 だがセリナは後ろを振り返ると、そのまま店を後にした。


 呼び止めようとするアレストは、僅かに口を開くが、声が出なかった。

 そして、焦点の定まらない目で、ただ彼女の背中を追っていた。


 油迂は言葉を漏らす。


「寸劇かな……」


――――

――

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