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第25話 突っ伏した者

「アレスト様、来ないですね……」


 宿屋の前で待つセリナが心配そうに、あたりを見回している。

 行き交う人々は次第に増え、宿屋に入る冒険者たちで賑わっているが、アレストの赤いマントは見当たらなかった。


 それは鐘撞き堂が五の音を知らせて、二十分ほど経った頃である。


 辺りは暗くなり、陽光は横から差し込んでくる。やがて彼らの前にある街道は、建物の窓から漏れ出る灯りで、次第に彩られていった。


 そんななか苛立ちを隠せないリュミナ。その足先は石畳を何度も叩いていた。


「そんなことはないと思うけど、あたしたちを置いて、旅に出たとかじゃないでしょうね!」


 言葉をこぼすリュミナ。その横ではゴードンが腕を組んで首を傾げていた。


「最近のアレストは少しおかしいからな。馬車ではスメイスと話し込んでいたし、この前も油迂の前で何やら取り繕ってたし……」


 ゴードンは油迂へと視線を向けた。


「いやいやいや、俺は何もしてないですよ!!」


「ホントか? 油迂」


「本当ですよ。まよ……、いや、何か迷っている様子でしたけど、みんなのことを考えてくれるし、そこまで無責任な人じゃないですよ」


 ゴードンは髭を触りながら、その視線をギルドの方へと向ける。


「となると、何か事件に巻き込まれたと考えるべきか……」


「うーん……。ここで待っててもしょうがないから、とりあえず南方ギルドに、話を聞きに行きましょ」


 リュミナはセリナの腕を引っ張ると走り出し、油迂とゴードンもその姿を追っていった。


――


 そこは南方ギルド。木造と石造りの複合建造物。

 建物の規模は比較的大きく、二階建て。主にアレストたちが換金に来るのは、このギルドである。


 その一角には、以前油迂がいた待機所があった。だが、訳あって今では全てが取り払われ、フロア全体が酒場となっている。様々な種族や人種が集い、呑み交わし、喧騒がギルドの中を覆っていた。


 油迂たちはギルドに入ると、奥にある受付カウンターへ向かおうとしていた。


 そのとき、リュミナが先に動いた。

 彼女は、室内に入った瞬間に駆け出していた。そして、カウンターテーブルに両手をつき口早に尋ねた。


「すいません。昼間ここにいた、真っ赤なマントに銀鎧の女の人を知りませんか!」


 突然の言葉に、女性店員が言い淀んだ。


「ええっと……。たぶん、あの人じゃないですかね……」


 店員は、ギルド隅のテーブルを指差した。


 リュミナは、店員の指先が示すテーブルに目を向けた。そこには、真っ赤なマントに銀鎧のアレストが突っ伏していた。


 そこはギルドの隅、元待機所だった場所である。

 入り口からは、容易に見えない位置でもあった。


 リュミナは店員に頭を下げ、テーブルへと向かうと、アレストは寝息を立てていた。


 リュミナは、アレストの肩を掴むと軽く身体を揺さぶった。


「アレスト様! アレスト様!!」


 アレストは目を擦ると、ゆっくりと顔を上げた。


「……あ……あれ? リュミナ……。それにみんなも……」


 そのときセリナがアレストの脇に立って、ため息交じりに口を開いた。


「……『あれ?』じゃないですよ、もう……。アレスト様。もう五つの音は鳴ってるんですよ……」


「えっ!? ああ……すまないセリナ。なんだか妙に疲れてしまってな……」


「アレスト様。しっかりなさってください。それとですが、『わたしの報酬袋』が、なんだか――」


 セリナのその言葉を耳にしたアレストは、突然起き上がった。セリナの口を塞ぐと同時にその身体を抱え、奥へと走った。


 そして、セリナの両肩を掴み、壁際へと押しやった。


「せせせ……セリナ! その袋に何が入ってたか覚えてる!?」


「えっ!? えええ!」


 セリナは、中に白いクリーム状のものが入っていたかもしれない、と説明した。だが、その直後に幻視にも似た感覚に襲われ、気がついたらリュミナに串と袋を捨てられてしまったと言った。


 アレストは胸を撫でおろすと同時に、酷い喪失感に襲われた。


「そ、そうか……」


「アレスト様……。あの袋の中身も、本当に現実だったのでしょうか……」


「ま……間違えて、幻惑の聖水を渡してしまったようなのだ。すまないセリナ……」


「で、でもですね。確かその時、串焼きを食べたんです!」


「串焼き……だと!?」


「そうなんです……。串焼きにその聖水がかかってしまい、それで……」


「食べたのか!? それを!」


「……はい……。でもそこから先は、よく覚えていなくて……」


 アレストは額を手で覆うと目を閉じていた。そしてその物こそ、油迂の出したマヨネーズだと打ち明けるべきか悩んでいた。


 このまま打ち明けて、情報を共有するのも一つの手。だが、そうなったらセリナのことだ。隠し事などを嫌う彼女は、リュミナに打ち明けてしまうのではないか。アレストはそう考えたのだ。


「そ……そうだ。危なかったなセリナ……あの禁忌の秘水マイヨオールは、人の味覚を破壊し、気絶させる恐ろしい水だ。よく無事で帰ってこれたな……セリナ」


「アレスト様……。さっき幻惑の聖水と申しておりましたが……」


「いや、違ッ!」


「……そ、そう言えば……思い出しました! 以前洞窟で、油迂さんが大量のマヨネーズを出していましたが、それに近い香りがしたんです!」


「ぎゃあああああぁ!!」


 頭を抱えて、絶叫するアレスト。同時に、何を言い出すか分からないセリナに、このことをこのまま隠し通せないという思考がよぎった瞬間でもあった。


――――

――

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