第24話 ふくよかな女神
「――ッ!!」
味のギャップに、声を漏らしたセリナ。
――その串焼きに、甘みはなかった。
卵黄の濃厚な香りが鼻から口へと突き抜け、舌の脇に感じる僅かな塩味が、口腔内を包み込んでいく。
セリナは、口を押さえて咄嗟に立ち上がると、その串を見つめていた。
(これ……、付いてきたソースじゃない!)
ベンチの脇にあったのは、店主からもらった小袋。それとは別に、アレストからもらった革袋があった。
セリナは、目を丸くしたまま何度も確認した。
「うそ……でしょ……。何なのこれ……」
再びセリナの腹が鳴った。もう入らないと思っていた胃袋が、次第にその扉を開けていくのだ。
気がつけば、貪るように食べていた。
串焼きは何度もソースに浸され、二本目が消え、三本目にも手を付けていた。そして、我に返った時には、全ての串焼きが消えていた。
革袋に僅かなソースを残し、多幸感に包まれたセリナは、ゆっくりと目を閉じていった。
――――
――
セリナは突然、落ちるような感覚に襲われ、その意識を戻す。
「――はっ!? ここは!」
気がつけば、夢に見たあの白い空間だった。だが、様子がおかしい。ふくよかな女神と、すらりとした青い衣を纏った女神が、拳を交えて戦っているようにさえ見える。
ふくよかな女神が拳を繰り出し、烈風を生み出すと、そのたびに白い木々が倒れていく。無数の白い鳥は空へと飛び立ち、消えていった。
青い女神も負けてはいなかった。襲いかかる烈風を、片腕を薙ぐように振って弾き飛ばし、それが辺りの岩をも砕いていく。飛び散る石は、白い泉に幾つも飛ばされ、その水を周囲に散らしていく。
「えっ!? な、なに? 何が起きてるの!?」
戦いは激しさを増し、次第に戦場は空へと移っていく。
ふくよかな女神は額に指を当て、何か念じているようだった。その身体は次第に白いオーラに包まれていく。
その反対側で、青い女神が胸の前で両手を組む。そしてなにやら詠唱を始めたのだ。
白と青のオーラは、旋風を巻き起こしながら混ざり合い、空間内に火花を散らせる。
次の瞬間、それらが弾け飛び、突如現れた黒い物体へ青白い閃光が伸びた。
黒い物体は漆黒の羽根をもつ悪魔へと姿を変えると、光の束がその悪魔を貫こうとする。
だが、悪魔はその光を両手で掴み、必死に押し返そうとする。しかし、光は次第に大きくなり悪魔そのものを包み込んでいった。
悲鳴にも似た叫び声が辺りにこだますると、女神二人は勝利を確かめ合うように、互いの拳を軽く小突いた。
しかし、それで終わりではなかった。
漆黒の悪魔は、巨大な爆発を起こし、女神たちを吹き飛ばしたのだ。
下から見上げることしか出来ないセリナは、木に身を寄せ、しがみついていると、やがて爆風に飲み込まれていった。
木とともに身体を浮かせたセリナ。目を閉じて、その衝撃に耐えていると、フワリと身体が軽くなり、身体が揺れはじめたのだ。
――――
――
「――ッハァ!……ハアッ……」
そこはベンチの上だった。
「せ……セリナ?」
横に座っているリュミナが、セリナの肩を揺すっていた。
「あ……。あれ? ここは……」
「何を言ってるの、ここは本屋の前でしょ。それとなんか、すごい汗だけど大丈夫?」
セリナは額に手を置くと、大きく息を吸い呼吸を整えはじめた。そしてここが現実だと分かると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「……か、神が……女神様たちが……悪魔と戦って……」
「ちょっとちょっと。何か変な夢をみていたみたいだけど、街中で寝るなんて不用心よ。
お金や荷物を盗られたり、下手すりゃどっかに運ばれちゃうかもしれないんだよ?」
「ご、ごめんねリュミナ……。
なんか、つい……目を瞑りたくなっちゃったみたい……。
って、リュミナ。ここにあった袋と串は?」
「店の迷惑になるから、ちゃんと捨てておいたわよ」
「そ、そっか……」
肩を落としてため息をついたセリナは、膝上のローブをぎゅっと握り、手を震わせていた。
「あれ? もしかして何か大事な物でもあった?」
「……あ、いや。そういうわけじゃないんですけど……」
「ふぅん……。って、そうそう、ついに買っちゃったの!」
リュミナが袋から魔道書を取り出し、セリナに押しつけた。それを受け取ったセリナは、本を開き、ぱらぱらとページをめくった。
「えっ。もちろん実用的な魔法にしたんですよね……」
だが、リュミナの耳には届いていないようであった。人差し指をくるくると回し、魔道書について得意げに説明した。
「それがね。この魔道書だけは匂いが違うのよ! 火の魔道書は硝煙と硫黄の香りがするけど、この魔道書はね……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 実用性はどこにいったんですか!」
本をぱたんと閉じ、返品しに店内へと入ろうとするセリナ。
店の前では、セリナの裾を両手で掴み、ひたすら懇願するリュミナがいた。
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