↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/41

第23話 セリナとマヨネーズ

「ふう……」


 店の軒下にあるベンチ。セリナは軽く土埃を払うと、浅く腰をかける。


 街ゆく人々は忙しなく働いている。わたしたちも、その中の歯車のひとつ。


 セリナはただ、その光景を眺めていた。


 足をプラプラさせてみたり、鞄から本を取り出してぱらぱらとめくる。


「わたしも何か買おうかな……」


 そう口にしてはみたものの、ローブも杖もお気に入りのもの。あれやこれやと考えるが、特に欲しいものはなかった。


「炎と回復魔法を組み合わせてみるとか……。どっちが勝つのかな……なんて……」


 よく分からない矛盾を口にしては、自分で否定するセリナ。やがて、それに飽きると、大きく伸びをしてあくびをした。


――とにかく、暇だった。


 いつまで待っても、リュミナが出てこない。

 痺れを切らしたセリナは、入口の扉を少し開け、その隙間から店の中をそっと覗いた。


 視線の先には、リュミナがいた。

 彼女は、直立不動のまま本に顔を埋め、真っ直ぐ上を向き身体を震わせていた。


 セリナは、眉をひそませたまま目を細めた。


 やがて、扉の向こうからリュミナの「はああぁ……」と漏らす声が聞こえ始めた。


 セリナはそっと扉を閉め、店を離れることにした。


 だが、これといって目的がなかった。


 人混みは苦手だったが、昨日も一昨日も同じ場所ばかり歩いている。


「たまには、いいかな……」


 セリナは少し迷った末、いつもは避けている繁華街へ向かった。


 しばらくすると、風に乗って炭火と肉の香ばしい香りが、セリナの鼻腔をくすぐってきた。


 セリナは大きく息を吸い込むと、それに応えるように、腹の虫が鳴った。


「ちょっと小腹が空いたな……」


 思わず言葉をこぼしていた。

 セリナは、人混みをかき分け、その店へと足を進めていった。

 ちょうど前の客が捌けると、つるつる頭にねじり鉢巻を巻いた店主が見えてきた。


 セリナは意を決して声をかけた。


「す、すみません。その串焼きを一つ頂きたいのですが」


 店主は、手元を見ながら串を裏返していた。そして視線だけセリナへと向けると、口元を僅かに緩ませた。


「へいらっしゃい! 今なら一本500ゴールド……と言いたいところだが、その可愛さに免じて嬢ちゃんだけは3本1200ゴールドに負けてやってもいいぞ」


「うっ……そう言われると、なんかそっちの方がお得かも……」


 そうは言ってみたものの、少し高いと感じたセリナは、頬に手を当てたまま首をかしげた。


「あの、すいません。やっぱりやめ……」


 その言葉に被せるように、鐘の音が時を刻んだ。すると、それに応えるように店主が言葉を重ねた。


「おっと、嬢ちゃんは運がいいな。ここからはタイムサービスって奴だ! 3本1100、いや1000ゴールドでどうだ」


「うっ……」


 言葉を詰まらせたセリナは、背中に人の気配を感じとると、少しだけ視線を後ろに向けた。

 一人、二人とセリナの後ろに並んでいき長蛇の列を作っていった。


 セリナは声を振り絞った。


「さ、3本ください!」


「あいよ、毎度あり!!」


 セリナは咄嗟に革袋を開け、代金を支払おうとする。だが中にあったのは、クリーム状の液体であった。


 その袋は、アレストから貰ったものだった。


 セリナは慌てて袋を締め別の袋を取り出すと、その中から硬貨を取り出し、店主へと手渡した。


 そして店主から、串焼きの入った袋と、小袋を受け取った。


 セリナは申し訳なさそうに小走りで店を離れると、リュミナのいる本屋へと向かった。


 セリナは再び本屋の扉を開けると、店内をそっと覗いた。リュミナは直立不動のまま、店員に埃取りで叩かれていた。だが、彼女は動じなかった。


 セリナは扉を閉め、再びベンチに座った。そのままお尻をずらして深く座ると、紙袋から一本の串焼きを取り出した。


 そしてもう片方の手で小袋を取り出し、慎重に串焼きに垂らしていく、そのときだった。

 セリナの後ろにいた冒険者二人組が、談笑しながら目の前を横切っていくのが見えた。


「あの店の串焼きって、タレが付いてくるんだけど、付けない方がウマいのな……」


「それな。あのタレが台無しにしてるってこと、気付かないんだよ店主は」


「でも俺は思うんだけどよ、甘みを若干抑えて、酸味を足せば、結構化けると思うんだよな」


「そうかぁ? あんまり変わんなくね?」


 その冒険者の声はやがて小さくなると、セリナは彼らに向けていた視線を、ソースの付いた串焼きへと移す。


 そして、恐る恐る口へと運んだ。


 口に入れた瞬間、肉の味より先に甘ったるいソースが広がった。肉も口の中もべったりと覆い、素材の味を台無しにしていく。


――むぐむぐ……


 セリナの表情は次第に曇っていった。


「……う……店主さん気付いてないのかな……。いや!?」


 そのとき、セリナの脳裏に店先の光景がフラッシュバックした。店主の脇にあったメープルシロップと蜂蜜、そして妙に黄色い看板。


「店主は極度の甘党! とはいえ、まぁ食べられなくはないか……」


 食べ進めていくにつれ、なんとか不味さには慣れたが、単調な甘みに飽きがくる。そして、なんとか一本目を平らげ、二本目を食べようとした時、セリナの胃が閉まったのだ。


「どうしよう、これ……」


 セリナはそれほど大食ではない。残りはリュミナに食べさせようと、紙袋へ戻そうとした拍子に、串焼きが手元で大きく揺れた。


「あっ!」


 支えようと手を伸ばす。だが串焼きは膝の上へ落ち、その拍子に革袋までベンチの上を転がった。

 慌てて革袋を掴もうとしたセリナだったが、誤って袋の腹を押しつぶしてしまう。

 次の瞬間、口から溢れたクリームが串焼きを覆った。


「あちゃあ……ますます食べられなくなったよ……」


 クリームを指の腹で掬い落とすと、その指を布巾で拭っていく。

 だが、その全てが拭い取れるわけではなく、馴染むように肉の隙間に残った。


 リュミナに食べさせることもできず、捨てるわけにもいかず、呆然と串を見つめるセリナ。


「わ、わたしが責任をもって食べれば……」


 意を決して目を瞑ると、震える手でそれを口へと運んでいった。


――――

――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。