第23話 セリナとマヨネーズ
「ふう……」
店の軒下にあるベンチ。セリナは軽く土埃を払うと、浅く腰をかける。
街ゆく人々は忙しなく働いている。わたしたちも、その中の歯車のひとつ。
セリナはただ、その光景を眺めていた。
足をプラプラさせてみたり、鞄から本を取り出してぱらぱらとめくる。
「わたしも何か買おうかな……」
そう口にしてはみたものの、ローブも杖もお気に入りのもの。あれやこれやと考えるが、特に欲しいものはなかった。
「炎と回復魔法を組み合わせてみるとか……。どっちが勝つのかな……なんて……」
よく分からない矛盾を口にしては、自分で否定するセリナ。やがて、それに飽きると、大きく伸びをしてあくびをした。
――とにかく、暇だった。
いつまで待っても、リュミナが出てこない。
痺れを切らしたセリナは、入口の扉を少し開け、その隙間から店の中をそっと覗いた。
視線の先には、リュミナがいた。
彼女は、直立不動のまま本に顔を埋め、真っ直ぐ上を向き身体を震わせていた。
セリナは、眉をひそませたまま目を細めた。
やがて、扉の向こうからリュミナの「はああぁ……」と漏らす声が聞こえ始めた。
セリナはそっと扉を閉め、店を離れることにした。
だが、これといって目的がなかった。
人混みは苦手だったが、昨日も一昨日も同じ場所ばかり歩いている。
「たまには、いいかな……」
セリナは少し迷った末、いつもは避けている繁華街へ向かった。
しばらくすると、風に乗って炭火と肉の香ばしい香りが、セリナの鼻腔をくすぐってきた。
セリナは大きく息を吸い込むと、それに応えるように、腹の虫が鳴った。
「ちょっと小腹が空いたな……」
思わず言葉をこぼしていた。
セリナは、人混みをかき分け、その店へと足を進めていった。
ちょうど前の客が捌けると、つるつる頭にねじり鉢巻を巻いた店主が見えてきた。
セリナは意を決して声をかけた。
「す、すみません。その串焼きを一つ頂きたいのですが」
店主は、手元を見ながら串を裏返していた。そして視線だけセリナへと向けると、口元を僅かに緩ませた。
「へいらっしゃい! 今なら一本500ゴールド……と言いたいところだが、その可愛さに免じて嬢ちゃんだけは3本1200ゴールドに負けてやってもいいぞ」
「うっ……そう言われると、なんかそっちの方がお得かも……」
そうは言ってみたものの、少し高いと感じたセリナは、頬に手を当てたまま首をかしげた。
「あの、すいません。やっぱりやめ……」
その言葉に被せるように、鐘の音が時を刻んだ。すると、それに応えるように店主が言葉を重ねた。
「おっと、嬢ちゃんは運がいいな。ここからはタイムサービスって奴だ! 3本1100、いや1000ゴールドでどうだ」
「うっ……」
言葉を詰まらせたセリナは、背中に人の気配を感じとると、少しだけ視線を後ろに向けた。
一人、二人とセリナの後ろに並んでいき長蛇の列を作っていった。
セリナは声を振り絞った。
「さ、3本ください!」
「あいよ、毎度あり!!」
セリナは咄嗟に革袋を開け、代金を支払おうとする。だが中にあったのは、クリーム状の液体であった。
その袋は、アレストから貰ったものだった。
セリナは慌てて袋を締め別の袋を取り出すと、その中から硬貨を取り出し、店主へと手渡した。
そして店主から、串焼きの入った袋と、小袋を受け取った。
セリナは申し訳なさそうに小走りで店を離れると、リュミナのいる本屋へと向かった。
セリナは再び本屋の扉を開けると、店内をそっと覗いた。リュミナは直立不動のまま、店員に埃取りで叩かれていた。だが、彼女は動じなかった。
セリナは扉を閉め、再びベンチに座った。そのままお尻をずらして深く座ると、紙袋から一本の串焼きを取り出した。
そしてもう片方の手で小袋を取り出し、慎重に串焼きに垂らしていく、そのときだった。
セリナの後ろにいた冒険者二人組が、談笑しながら目の前を横切っていくのが見えた。
「あの店の串焼きって、タレが付いてくるんだけど、付けない方がウマいのな……」
「それな。あのタレが台無しにしてるってこと、気付かないんだよ店主は」
「でも俺は思うんだけどよ、甘みを若干抑えて、酸味を足せば、結構化けると思うんだよな」
「そうかぁ? あんまり変わんなくね?」
その冒険者の声はやがて小さくなると、セリナは彼らに向けていた視線を、ソースの付いた串焼きへと移す。
そして、恐る恐る口へと運んだ。
口に入れた瞬間、肉の味より先に甘ったるいソースが広がった。肉も口の中もべったりと覆い、素材の味を台無しにしていく。
――むぐむぐ……
セリナの表情は次第に曇っていった。
「……う……店主さん気付いてないのかな……。いや!?」
そのとき、セリナの脳裏に店先の光景がフラッシュバックした。店主の脇にあったメープルシロップと蜂蜜、そして妙に黄色い看板。
「店主は極度の甘党! とはいえ、まぁ食べられなくはないか……」
食べ進めていくにつれ、なんとか不味さには慣れたが、単調な甘みに飽きがくる。そして、なんとか一本目を平らげ、二本目を食べようとした時、セリナの胃が閉まったのだ。
「どうしよう、これ……」
セリナはそれほど大食ではない。残りはリュミナに食べさせようと、紙袋へ戻そうとした拍子に、串焼きが手元で大きく揺れた。
「あっ!」
支えようと手を伸ばす。だが串焼きは膝の上へ落ち、その拍子に革袋までベンチの上を転がった。
慌てて革袋を掴もうとしたセリナだったが、誤って袋の腹を押しつぶしてしまう。
次の瞬間、口から溢れたクリームが串焼きを覆った。
「あちゃあ……ますます食べられなくなったよ……」
クリームを指の腹で掬い落とすと、その指を布巾で拭っていく。
だが、その全てが拭い取れるわけではなく、馴染むように肉の隙間に残った。
リュミナに食べさせることもできず、捨てるわけにもいかず、呆然と串を見つめるセリナ。
「わ、わたしが責任をもって食べれば……」
意を決して目を瞑ると、震える手でそれを口へと運んでいった。
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