第22話 リュミナという娘
帰りの馬車の中では、妙に賑やかな声が響いていた。
そこにはケラケラと笑うセリナ。その横ではリュミナがムスッとしていた。
「冗談なら冗談て、先に言っておきなさいよセリナ!」
「なんだか面白そうだったから、つい……」
「んもぅ! からかわないでよ!」
「『あたしのアレスト』……」
セリナがリュミナにしか聞こえない声でぽつりと言葉をこぼす。
「うああああああぁ! 脳があああ!!」
リュミナは盛大に頭を抱え、その場で悶絶しながら絶叫すると、その脇ではセリナが楽しそうに笑っていたのだ。
「お前ら少しは静かにしろ!」
ゴトゴトと馬車に揺られる一行。油迂は乗り物酔い、ゴードンはブツブツとうわ言を言い虚空を見つめていた。
ため息を一つ零し、外を見つめるアレスト。その風景は次第に街の中へと変わると、人々の喧騒が耳へと届く。
やがて、詰所の側に馬車を停めるスメイスが、顔を覗かせた。
「ほら着いたぞ。降りろ降りろ」
アレストはスメイスに軽く頭を下げ、鞄から一つの革袋を取り出すとスメイスへと手渡した。
そして、その場を後にした。
――
ギルドで、報告と換金を済ませたアレストたち。
「さて、みんな。私はここでギルドの用事があるから、適当に時間を潰しておいてくれ。それとだ……」
そういってアレストは、換金したばかりの革袋を取り出し手渡していった。
「これは油迂の分だ。異論は無いな、リュミナ」
「わ、分かってるわよ!」
アレストは油迂へ少し大きめの袋を渡し、リュミナとセリナには同じ大きさの袋を手渡していった。
そして最後に、大きい袋をゴードンへと渡すとアレストが声を上げた。
「ゴードンはうな垂れてないで、早く鎧を修理してこい。全く……」
「……鎧……俺の鎧……」
ゴードンの鎧はその一部を失っていた。
馬車に乗るときは気付かなかったが、どうやら降りる時に尻の装甲が剥がれ、どこかに落ちたらしい。
アレストは、手で額を覆いため息を漏らすと呆れるように首を振った。
そしてアレストは言い添えるように、テーブルに両手を付き口を開いた。
「さて、今回の集合場所も、宿屋クリオール。いつもの宿屋だな。
鐘撞き堂が五の音を知らせる頃に、ちゃんと戻ってるようにな。それでは解散」
そのアレストの声を皮切りに、ゴードンとセリナ、そしてリュミナが席を外し、ギルドの外へと消えていった。
油迂は初めてもらった大袋に、少し心を躍らせていた。
完全ではなかったが、ぬるつきがある程度制御できるようになったことで、物色ができる。そう考えていたのだ。
油迂は、アレストに深く頭を下げると、彼もまた街へと消えていった。
アレストは彼らを見送ると席を立ち、ギルドの隅の方へと場所を変え、テーブルについた。
「さて……行ったか……!」
アレストは、革袋を取り出すと、鼻歌交じりに紐を開け、そして袋の口を開いた。
――キラリと光る金属片。紛れもなく、金貨だった。
「ば、バカな!!!」
思わず机を叩いたアレスト。その様子に、側を通りかけた店員が声をかけてきた。
「……お、お客様。大丈夫ですか……!?」
慌てて取り繕おうとアレスト。袋の中が、マヨネーズだと思っていたせいか、気の利いた言葉は出てこなかった。
「あ、ああ……すまない。も、モンスターの出現位置が、な、なかなか掴めなくてな。仲間とのやりとりに、少し声を荒げてしまったようだ……申し訳ない……」
「え……ええ……、なるべくお静かにお願いしますね……」
店員はそれだけ言い残すと、その場を去って行った。
アレストは落ち着きを取り戻し、鞄にある袋を片っ端から調べた。だが、いくら探しても、その中から望んだ物は出てこなかった。
額を覆ったまま、アレストはその場に崩れるように突っ伏した。
――
場所は街中へと変わり、その中でセリナはリュミナを追っていた。
人通りの多いその街道には、片側に武器や防具屋、反対側には古めかしい本屋が建ち並んでいる。
「待ってよ、リュミナ!」
「セリナは無理について来なくても良いんだから!」
「だって放っておいたら、どこかに行ってしまいそうで……」
足早に歩くリュミナは、魔術書の置いてある馴染みの本屋へと向かっていた。
「どこにも行ったりしないわよセリナ。ちょっと魔法を見直そうかなって思っているだけ」
「やっぱり気にしてるんですね……」
「うっ、当たり前じゃないの。『一系統極めるぞ』って思っていたけど、まさかこうも不利になるとはね……」
二人はそんな会話を交わしながら、本屋へとたどり着く。
黒ずんだ木造の建物。看板には魔術刻印が今にも消えそうな色で描かれていた。
呼吸を整え、リュミナが古めかしいドアを押し開けると、ベルがちりんと鳴る。
一歩、二歩と店内に踏み入ると、ぎぃという木の軋む音が店内に静かに響いた。
店内は少しほこりっぽく、紙の僅かな香りが漂っていた。
息をするたびに感じる、独特の甘い空気。それがなんとも心地よかった。
リュミナは店に入ると、深く息を吸って見せた。
「すぅ、はぁぁ……。この匂いがたまらないのよ」
「わかる。わたしもこういう匂い、好き……」
セリナも目を閉じ深呼吸をすると、リュミナの弾むような声が聞こえた。
「でしょ? だから魔術書は好きなのよ」
「それって魔術書じゃなくてもいいんじゃ……」
「それが違うのよ、この魔術書に使われる独特のインクが夢中にさせるのよ。はぁあぁぁ……」
リュミナはそう言って、おもむろに取り出した本を開き、鼻を埋めるように顔全体を押しつけた。
「ちょっと、ちょっと。売り物に顔を埋めないでください、リュミナ!」
「これを買うから大丈夫よ、セリナ! それにほら今度は雷の魔法だし、相性バッチリよ!」
「……いや、相性がいいからこそ。また爆発するんじゃないかな……」
「じゃあ風は? 使いどころによっては炎の補助にもなるし!」
「……」
セリナは無言のままリュミナに目を合わせてきた。
「わかった、わかったって! ちゃんと考えるから、セリナはちょっと外で待ってて」
そう言って、リュミナはセリナの背を押していった。
「むう。じゃあ外で待ってますから、ちゃんとしたもの選んでくださいよ」
――――
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