第20話 アレストとスメイス
依頼が思いのほか早く終わり、今は街へと帰る道中である。
馬車の後ろには、巨大なクレーターが広がり、それが徐々に小さくなっていった。
やがて、陽の光は雲と空をオレンジ色に染め、その光は次第に横から差し込んでいった。
御者であるスメイスの隣には、アレストが並んで座っていた。
風を切る馬車の先頭で、金色の髪をなびかせ、ひたすらため息をついている女がいた。
もちろんアレストである。
あのような特級刺激物を味わってしまった手前、それを摂りたくないとは思えなかった。
体が、脳が、自然とそれを反芻していたのだ。
気がつけば、味を確かめるように何度も舐めていた手の甲は、赤く腫れていた。
「……スメイスさん。私はどうすればいい?」
「いや……、どうすればって……ワシに聞かれても……」
「そうだよねぇ……。リュミナを裏切る訳にもいかないし、はぁ困った……」
「さっきから聞いてれば面倒くさいヤツじゃなぁ。とっとと油迂とかいうヤツにお願いして、そのマヨネーズとか言うのを出してもらえば良いだけじゃろ!」
「そんなことが簡単に出来たのなら、苦労しないと言っているだろう! 少なくとも私はパーティのリーダー。欲望や弱みを他人に悟られてはならぬのだ……」
アレストが握った拳を震わせていると、スメイスが呆れるように口を開いた。
「いや、凄い勢いで欲望も弱みも見せているじゃないか……」
「そ、そんな事はない! そ、相談をしているだけだ!!」
案の定、仲間に打ち明けることができないアレストは、スメイスに相談していた。
提案すればああでもないと言われ、相槌を打てばちゃんと聞いているのかと責められる。そんな様子に辟易としているスメイス。
「まったく……この冒険者たちはこんな奴らしかおらんのか」
「何か言いました、スメイスさん。それと私の話をちゃんと聞いてます?」
「ああ? ああ聞いているよ……。はぁ……」
「で、それでですねスメイスさん……」
アレストの話は、まだまだ続くのだった。
――――
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やがて日は落ち、再び夜営を張った。
焚き火が組まれ、やがては依頼の反省会となる。
珍しく、アレストとリュミナが肩を落とし、俯いている。
そのため、今日の食事の当番は油迂だった。
とはいっても、用意されている具材を、調味料とともに鍋に入れて煮るだけの簡単な仕事。それでも以前は、任せてもらえなかった。
だが、今は違う。以前の油迂であれば食器や具材が、マヨネーズによって汚されてしまったが、今では出力をある程度制御出来るようになっていたのだ。
滑らない手。それがどれほど便利かを、油迂は改めて思い知った。
食事の準備をする油迂。その視線の先で珍しく、ゴードンとセリナが向かい合って座っていた。
落ち込んでいる時に、過剰な干渉を好まないアレストとリュミナの二人を気遣ってのことだと思った。
油迂はその時、どうにか皆を元気づけられないかと考えていた。
――料理を美味しくできれば。
とはいえ、この煮込み料理にマヨネーズを入れる気にはなれないし、何よりリュミナが嫌がると思った。
そこで、干し肉そのまま入れて煮込むのではなく、お湯で少し戻してから炭火で炙ることにした。
時間は少し掛かるが、僅かに焦がすことで風味と食感に変化をつけたかった。
結局は誰が作っても、毎度毎度シチューに近いものとなるのだが、これは具材そのものに、ほんの少し手を加えたのだ。
やがて、見た目だけはいつもの鍋料理が完成した。
肉と根菜のスープである。
根菜のもつ甘みと素材の持つうま味が調和し、体調が悪くてもサラッと食べることができる。その味が、ずっと繰り返されていた。
冒険に出れば、間違いなく出会うことのできる安心の味でもあった。
今回はそれに一工夫を加えた。大体同じ。だが製法が少し異なる。
油迂は、僅かな不安を胸に抱えながら、それらを器に移していった。
まずはスメイスに配り、アレストから順に渡していく。
そして、祈りを済ませると皆が口にしたのだ。
初めに変化に気づいたのは、セリナだった。本来肉嫌いの彼女は、初めに目を瞑り肉を平らげてから、芋類を食べていくのだ。
だがその時のセリナは、油迂の方に視線を向け、目を丸くした。そして、器に視線を落とすと、掻き込むように食べていったのだ。
一方で、ゴードンは何であろうと油迂のマヨネーズを求めた。特殊結晶による恩恵のせいか、スープへマヨネーズを加えると、感涙しながら掻き込んでいった。
リュミナに至っては、スープを掬っては落とし、掬っては落としを繰り返して、食事どころではなかった。
アレストは無言のまま、マヨネーズと共に食べるゴードンをじっと見ていた。そして、スメイスとのやり取りを思い出していた。
そのときアレストの脳に、一筋の電気が走った。
研究と称して油迂にマヨネーズを出させれば良いのではないだろうか。そして、私なりに秘密裏に貯蔵すれば、自作のソースと称して、公然と口に入れられるのではないか、と。
アレストが突然立ち上がった。
「これだ!!!」
突然叫んだアレストに、手元を震わせたリュミナが、スプーンを落とした。
「な、なんですか突然。びっくりするじゃないですか!」
「いやあ、すまないリュミナ! 少し考え事をしていたのだが、無事に解決できそうだと思ってな」
「解決……」
「そうだ、解決だリュミナ! 何も失敗を恥じることではない。
そして何度も失敗し、それを乗り越えて行くことで、真の強者になれるのだと今悟ったのだ!
だから頑張るぞ、リュミナ!!」
「は……はい! アレスト様!!」
方向は違えど、胸のつかえが取れた二人は、ようやくスープを口にし始めた。そして互いに同じ言葉を漏らしたのだ。
――「なんだか美味しい」と。
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