第19話 セリナの夢の中
「――はっ!? ここは!」
そこは、辺り一面に広がる乳白色の空間だった。
朦朧とした意識の中、ぼんやりとしていた頭を押さえ、セリナはゆっくり立ち上がった。
その場所はどこまでも白く広く、草木や山々にいたっても白く輝いていた。空を見上げれば、少し黄みがかった雲が、ゆるやかに形を変え、まるで水滴を横にしたような形へと変わっていった。
彼女には、それが何なのか分からなかった。
そのまま導かれるように森を進むと、開けた場所には黄色い泉が広がっていた。
白い岩肌から、黄色い液体がとめどなく流れ出ている。
セリナは、泉の畔にしゃがむと、その黄色い水を掬おうとした。それは黄色いのに、汚いものとは思えなかった。
その時であった。抱えるように持っていた杖が、手からするりとこぼれ落ちたのだ。
「――あっ!」
その杖は、泉の中へ音も立てずに、吸い込まれるように消えていった。
咄嗟に手を伸ばそうとしたそのとき、黄みがかった泉は一瞬にして乳白色へと変わり、水面には無数の泡が現れたのだ。
ボコボコと音を立て、泡は割れては弾け、水面を次第に波立たせていった。
――そして、眩しいまでの閃光が水面から天へと向けて貫いた。
セリナは慌てて目を覆った。どれくらい続いたかは分からない。手の隙間から漏れるその光が落ち着くと、ゆっくりとその手をおろした。
そこには、人のようなものが形作られていた。
薄い絹糸で作られたような真っ白な衣、背から見える何本もの白い光の揺らぎ、すらりと長い髪。
そこには、一人のふくよかな女神がいたのだ。
「め……女神……さま?」
表情を曇らせたセリナは、ふと言葉を投げた。
すると女神は、視線をこちらに向けると口元を緩め、セリナが落とした杖を取り出した。
女神の唇が、微かに動いた。
「――ぶっ、ゴホッォ!!!!」
女神は、突然咳き込んだ。そしてその拍子に持っていた杖を手放すと、再び泉の中へと消えていった。
「えっ、ちょっとわたしの杖!!」
セリナはその杖を拾おうと、身を乗り出して手を伸ばした。すると、足元が滑り、そのままセリナ自身も泉の中へと沈んでいった。
――――
――
「――っはぁッ、っはぁッ!!」
体を起こしたセリナが、息を荒くして辺りを見回した。
「せ、セリナ! ちっとも目を覚まさないから心配したんだから!」
リュミナが心配そうに顔を覗かせていた。
「はぁはぁ……。こ、ここは……」
「帰りの馬車の中よ、随分と魘されてたんだからね」
「ゆ、夢……。わ、わたしの杖……」
「何を言ってるの、杖ならずっと抱えてたじゃない」
両手で抱えていることにも気づかないほど、セリナは動転していたらしい。セリナは持っていたその杖を、ぎゅっと握りしめた。
「あっ、ああ……ほんとね、わたしったら何を……」
「ガハハ! やっと目が覚めたかセリナ!」
「心配したんですよ、セリナさん!」
ゴードンと油迂が、その様子に気が付いた。
「ガハハ! まったくよう、油迂の出したマヨネーズを踏んだのか知らないけど、下を見たらぶっ倒れててびっくりしたわ!
もっと真面目に食事を摂らないから、倒れるんだぞ」
「えっ、ええ……」
「俺もすみません。自分なりに頑張ったのですが、どうやらマヨネーズを適当に出し過ぎたみたいで……」
「まったくもう! 油迂が適当に出すから、それを踏んでセリナが転んだんじゃない。出す時はちゃんと考えて、自分の進行方向とかそういうのを考え……」
油迂が謝り、リュミナが指導をしていた。
それは、以前にはなかった光景だった。
あの時セリナは、アレストの治癒に専念していたため、詳しい経緯は分からない。
だが、今の油迂やリュミナ、その二人を見ていると、以前ほど避けているようには見えない。セリナにはそう感じられたのだ。
「次からは、場所を考えてコントロールしなさい。周りが迷惑するのよ!」
「す、すみません。リュミナさん……」
「……ったく……」
そのやり取りを横で見ていたセリナは、車内を見回すとアレストが乗っていないことに気づいた。
「そ、そういえばアレスト様がおられないようですが……」
不安そうにリュミナを見るセリナ。それに答えるようにリュミナは髪をかき上げる。
「あー。アレスト様ね。今は御者……というか、スメイスさんの側にいるんじゃないかな。無事に終わったのに、なんだか浮かない顔で、『前で風を感じたい』って言ってたわよ」
「何かあったのでしょうか……」
「よく分からないけど、今回は色々入り乱れてて、いつにもまして大変だったからね。きっとそのせいじゃないかな」
「なにかよくないことに巻き込まれていなければ良いのですが……」
「あたしのせいで地形も変わっちゃったしね……。それもあって、なんてギルドに報告するかも考えてるんでしょ、はぁ……」
「元気出してリュミナ。あれはあなたのせいじゃなくて、きっと神の悪戯よ。命があっただけでも感謝しなきゃ」
だが、その励ましもリュミナの耳には届いていないようで、彼女はため息をつくばかりだった。
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