第15話 火気厳禁
「ぎゃああぁあぁ!!」
ゴードンの叫び声が平原に走った。
幾つもの小さな子蜘蛛が洞穴から噴き出し、ゴードンの身体を飲み込んでいった。
そのまま立て続けに、地面の下の方から「ドンドンドンッ」と細かく爆発するような音が伝わった。
地面は激しく揺れ、洞穴の周辺が一瞬赤く光る。
そして。
――眩しい閃光とともに、辺りの地面が一斉に爆ぜた。
ゴードンは黒い影となり、そのまま吹き飛ばされていった。
もうもうと立ちのぼる土煙の中に、細かい爆発が交じった。その度に、小さな結晶が、雪のようにキラキラと宙を舞っていた。
その様子を馬車の陰から見ていたスメイスは、呆然と立ち尽くすしかなかった。
やがて風が吹き、辺りを覆っていた土煙が晴れると、そこには巨大なクレーターがぽっかりと穴を開けていた。
――――
――
洞穴内部でもそれは起こっていた。
爆風が大空洞内へ流れ込み、無数の岩片を弾き飛ばした。同時に地響きと低く破裂するような音が連続して轟き、周囲の空気をかき乱した。
アレストが声を荒げた。
「ちょ、ちょっとまてぇい!!」
入口側からは炎の塊が吹き出し、閃光が周囲の壁面から漏れ出た。
アレストは走りながら、リュミナに対物バリアを張るように言った。
状況が飲み込めていないリュミナは、洞穴の奥へ避難しながら魔導書を構えた。
その直後であった。凄まじい爆音が轟き、真っ暗だった世界を真っ白な閃光が染めた。
――ドオオォン!
グラグラと揺れる地面、天井からは細かい岩石がパラパラと落ち、爆ぜて飛来した岩片は、リュミナの障壁によって防がれていた。
もうもうと立ちこめる砂塵が周囲に漂い、暗かった洞穴はまるで外のように明るかった。
徐々に土煙が晴れていくと、えぐられた壁面の無数の亀裂が陽光に照らされ露わになった。
アレストたちの僅か数十メートル先、そこには、雄大な空が顔を現した。
リュミナは顔を引きつらせたまま、アレストに視線を送った。
「……あ、アレスト様。もしかして、もしかすると。この依頼って火気厳禁なんですか……」
「――はっ!?」
そのときアレストが、声を上げた。
「な……なんか、この討伐依頼の説明を受けたときに、そういった可燃性の蜘蛛が、稀に出るって言われたような……」
「アレスト様! そういう大事なことは、早く言ってくださいよ!! アタシは、火の魔法と軽い物理魔法の魔導書しか持ってないんですよ!!」
「い……いやあ。すまないなリュミナ……」
「……と、とはいえ。それでもあたしが勝手に撃ったんですから、あたしの責任ですけども……」
リュミナが小さく俯く横で、セリナは杖を震わせていた。
「……で、でもリュミナ……。あのままこっちに向かってきたらと思うと、ゾッとするよね……」
セリナの言葉を耳にした途端、一同は口をつぐんだ。
天井からは、パラパラと小石が落ち、青空には土埃が舞っていた。
外から吹き込む風は、妙に冷たかった。
アレストは、大きく息を吸うと呼吸を整えた。
「……よし。気を取り直して先へ急ぐぞ!」
そのとき油迂が声を上げた。
「あ、アレスト様。ちょっと待ってください!」
「なんだ油迂。怖じ気づいたのか? この様子だと、敵はそれほど残っていないはずだ」
「いえ、そうではなくて、ゴードンさんを連れてこないんですか?」
「……ゴードン。ああ、そういえば、そうだったな。
入口も、綺麗さっぱり吹き飛んだし、今のアイツなら入ってこれるだろ。ちょっと待ってろ、今連絡してみる」
アレストはそう言うと、耳元に指の腹を添えた。
繰り返しゴードンの名を呼んでいるが、反応は返ってこなかった。
「……吹き飛んだか……」
セリナはアレストに顔を向けた。
「縁起でも無いこと言わないでください!」
「いやぁ、冗談だって、冗談。第一アイツがあの程度の爆発で死ぬわけないじゃないかセリナ」
「そ、そりゃあ前にも似たような爆発事故で、一人だけガハガハ笑いながら、煙の中から出てきましたけど……」
「そうだろう。だから、きっとアレだ。吹き飛んだ盾でも探しているんだろうさ」
「アレスト様……それならそれで良いですけど、先ほど言っていた注意事項からすれば、火は使えないですし、どうするんですかこの先?」
「どうって……、そりゃ……」
アレストが言葉を詰まらせた。だが、振り返ったその表情は、不安に満ちた表情などではなく、目尻が下がり妙に口元があがっていた。
「わ、私が一人でぶった切りまくるしかないな!」
アレストはそう言うと、携えていた剣を抜き、走り始めていた。
「あっ、ちょっと待って!!」
リュミナの止める声も聞かず、アレストは笑い声とともに奥へと突っ込んでいった。
「あはははははははははッ!」
やがて奥からは、人の身体ほどもある蜘蛛がぞろぞろと現れた。だが、アレストが怯むことはなかった。
飛びかかる糸を華麗にかわし、それを別の蜘蛛へと誘う。蜘蛛同士が糸を絡め合い、それが団子のように固まった。
――蜘蛛たちの動きが一瞬止まった。
それを見ていたアレストが、剣の柄を両手で握り、額の前でその剣を掲げた。目を閉じて動きを止めると、薄黄色いオーラが刀身を包んでいった。
やがて蜘蛛の群れが、その蜘蛛の塊を避けるように突進してきた。
アレストは目を見開き、腰を落とした。剣を持ち替え、そのまま背中の後ろに回すと、群れを目掛けて一気に剣を振り抜いた。
刀身から、金色に輝く一本の斬撃が、水平に放たれた。それは、固まった蜘蛛たちとその群れの身体を貫通すると、洞穴の壁面に当たり、鋭い亀裂を刻んだ。
蜘蛛の身体は真っ二つになり、その場で崩れていった。
だが、蜘蛛は絶え間なく、アレストに襲いかかった。
アレストは再び剣を後ろに回し、二撃三撃と斬撃を叩きこむ。
だが同時に、地を蹴り飛び跳ねた蜘蛛が空中から彼女を目掛けて糸を吐き出した。
アレストは、その視線を僅かに上に向けると、口角を上げニヤリと笑った。
剣は、糸を裂き、蜘蛛の身体までをも叩き切った。
アレストの攻撃は止まらない。それはまるで、水を得た魚のようであった。彼女は蜘蛛の合間を縫うように動き、その全てを切り刻んでいった。
気がつけば、辺り一面は白い粘液と消えゆく蜘蛛の死骸で覆われていった。
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