第14話 黒い絨毯
それは無数の子蜘蛛の群れ。壁面の穴という穴から、それらは噴き出した。
アレストたちに緊張が走った。
「くるぞ!」
子蜘蛛と言っても、その大きさはテニスボール程度。
アレストたちは、大空洞の真ん中で、背を合わせてかたまっていた。リュミナは魔導書を手に、セリナは杖を握り、油迂は短剣を手にしていた。
アレストは、剣の柄を握ったままリュミナとセリナに視線を向ける。だが、油迂への指示を出そうとしたとき、その言葉が詰まった。
「……リュミナは私の合図で火炎障壁を放て。
セリナはリュミナに強魔結界を展開してくれ。ゆ、油迂は……」
アレストの額に汗が滲んだ。
そのまま押し黙ったように僅かな沈黙が走ると、次第にその目を泳がせ始めた。そして、脇にいる油迂へと顔を向け、目を見開いた。
「油迂、お前は剣を構えて待機だ!」
「……は、はい!」
このとき油迂は、『まぁ、そうだよな』と、思わざるを得なかった。
――辺りのざわめきが次第に大きくなっていく。
油迂は、短剣を持てているとはいえ、その数の蜘蛛を処理できるとは思えず、ただ小さく震えていた。
やがて、漆黒の絨毯が次第に距離を詰めてきた。
「来るか!」
アレストが口を開いたその時であった。身構えていたアレストたちを横目に、その黒い絨毯たちは、洞穴の出口へと一斉に向かっていった。
「えっ、あっ。ちょ……」
アレストは、柄から手を放すと、宙に手を泳がせていた。そして、最後の小蜘蛛が入口のほうへと消えていくと、リュミナが突然火炎球を放った。
再び轟音と業火が、入り口側の洞穴からこちらへと噴き出す。
アレストがリュミナに視線を送った。
「り……リュミナ!?」
「アレスト様。あのまま放っておくと外が大変じゃないですか……」
「あっ、いや……すまん……」
――――
――
そこは、男たちのくつろぎの場。
外では、むさくるしい男二人組が、さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴び、流れる雲とその空を見上げていた。
「なぁ、スメイスさんよ……」
「さっきから何じゃい! もうその下りはやめろと何回言ったら分かるんじゃ、このデカブツが!!」
厄介なことに、ゴードンは先ほどからスメイスへ話しかけ続けていた。
スメイスは切れていた。アレストたちが一向に戻らず、やることを失ったゴードンが、暇を持て余し過ぎていたためであった。
そんななか、ゴードンは鎧を全て脱ぎ捨て、パンツ一丁で日光浴をしていた。
「暇なんだよ爺さん!! 暇すぎて窮屈な鎧も脱ぎたくなるんだよ、こちとら!」
「貴様は暇が極まると脱ぎだすのか、この変態が!!」
「いいか爺さん。いや、スメイスさんよ。日光浴は身体に良いと聞いたことがあるのだ……」
「そりゃあ、日光も浴びずに引きこもってばかりいれば、身体が悪くなるのは至極当然じゃ」
「そうだろ、スメイスさん! だからこうして、鎧に隠された暗部に日の光を満遍なく当てる。
それが健康への秘訣だと、さっき。さっき悟ったのだ……」
ゴードンは尻を太陽へと突き出し、四つん這いになっていた。
「仕事がなさ過ぎて、悟りの開き方が狂ったか……」
寝転んでいたスメイスは、ゴードンから目を背けるように寝返りを打った。その視線の先には、洞穴の入口があった。
「そりゃそうと、洞穴に入ってる連中は今何をやっとるんじゃ?」
「えっ、何だってスメイスさん!? 尻は日光浴の真っ最中だって、見てわからないのかよ!」
「貴様の耳は、奥まで腐り落ちたか! お前の仲間は今何をやってるのかと聞いてるんじゃ!!」
「まぁ、まってくれスメイスさん。今ちょっと聞いてみっから……って、おっと。今連絡が入ったぞ!」
ゴードンは右手の指の腹を耳の付け根に当て、仲間の声を聞こうとする。それは、この世界での通信手段。つまり、魔道具のうちの一つであった。
――アレストの声が、ゴードンの耳へ届いた。
「…………て」
だが、彼に届く声はノイズ交じりの声。
ゴードンは首をかしげると、洞穴の側へと向かった。
近づくことで、僅かずつではあったが、ノイズが治まってきていた。
アレストの声は、次第に鮮明になっていくがやはり断片的ではあった。
「そっち……が……気を……て」
「ガハハ! なんかよく聞こえんが『元気を出して』って言っとるわ!」
たばこを吹かし始めたスメイスは、空へ向けて煙で輪をつくると、ゴードンへ視線を向けた。
「いや。そんなくだらんことで、いちいち連絡してこないじゃろ……」
「何言ってんだ、スメイスさんよ。アレストは仲間思いで、高貴な勇者。きっと俺の心が挫けてると悟って、連絡を……」
そのときであった。スメイスが、地の奥から響く音に気が付いた。
「おい……そこのデカブツ……。なんか嫌な音が聞こえないか……」
カタカタと馬車が揺れ、馬が嘶き暴れはじめた。
周囲の林からは、鳥たちが一斉に飛び立ち、リスたちがその場から逃げはじめた。
その異様な光景を目にしたスメイスは、ゴードンに叫び呼び戻そうとした。
だが、ゴードンにはその声が聞こえていなかったのか、洞穴の前で両手を上げ、のんきに伸びをしていた。
――――
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