第13話 詰まる蜘蛛
「いやあぁああぁ!!」
ローブを抑え、必死に抵抗するリュミナ。
徐々にその身体は、蜘蛛のほうへと引き寄せられつつある。
アレストは、リュミナのローブを掴むと、壁面に足を突っ張らせて踏ん張ろうとした。
だが、その力は意外にも強く、アレストの力ではどうにもならなかった。
「り、リュミナ。なんとか頭を下げて!」
アレストはそう言うと、掴んでいたローブを咄嗟に離し、リュミナの頭を下げた。
そのまま、頭と天井の僅かな隙間に剣を入れ、蜘蛛の頭部へ投げつけた。
だが、無理な姿勢で投擲したためか、乾いた金属音が響くだけで、蜘蛛に一撃を加えることは出来なかった。
しかし、効果はあった。
蜘蛛が、投げられた剣から身を引こうとして、たぐり寄せることをやめた。
そしてその隙は、リュミナに魔法を詠唱させる時間を与えた。
「〈火炎球!〉」
ほんの一瞬だった。リュミナの詠唱は既に終わっていた。火球は、大きな炎となり、正面の蜘蛛に当たると吐き出した糸に引火した。
糸は導火線のように延焼し、炎はリュミナに向けて走ってくる。
焦げる匂いが鼻を突き、息苦しさが辺りを包んだ。
リュミナは、迫り来る炎の糸から逃れようと身をよじった。
蜘蛛は、突然の炎に身をひるませ、後に下がりながら糸を吐き逃れようとした。
油迂の視界の先に、慌てふためくリュミナの姿が僅かに見えた。
「アレスト様これを!」
油迂はそう言うと、鞄から取り出した水袋をアレストに投げ、そのまま前にいるリュミナへと渡した。
リュミナは、水袋を受け取ると封を切って地面に叩き付け、即座に詠唱を始めた。
「――対炎障壁!」
リュミナの高い声が洞穴に響いた。
その瞬間、革袋に入っていた水が、リュミナの前方を霧状に覆っていった。
魔導書が赤く光ると、霧となった水は深紅の薄い幕へと変わり、蜘蛛とリュミナの間に作られた。
ガラスのような障壁の先で、蜘蛛の身体が炎に包まれ、ゆっくりと崩れていった。
炎は業火へと変わり奥へと走ると、その先の蜘蛛をも焼き尽くしていった。
奥からは、コウモリの悲鳴にも似た不気味な叫び声が、響いていた。
やがて炎は小さくなり、通路の端でくすぶっていた。
火は灯りとなり、それに照らされた通路は、奥へ奥へと続く道しるべとなっていた。
一瞬の出来事だったが、こうして戦いは終わった。
リュミナは頬を膨らませ、アレストは剣を鞘に収めるとセリナを背負い、その後ろでは油迂が鞄を拾い上げていた。
人一人が潜り抜けるのが精一杯だった通路は、次第に広がっていった。そして気がつけば、目の前には大空洞が広がっていた。
油迂の咄嗟の機転もあり、全員無事であったものの、リュミナの機嫌は一層悪くなった。
「まったくもう、なんだってあたしばっかり、こんなに被害を受けなきゃならないの!」
「……ま、まぁまぁ。そこは抑えて……リュミナ。私もこんなことになるとは、思わなかったの……」
アレストがリュミナをねぎらっている後ろでは、目覚めたばかりのセリナが申し訳なさそうにリュミナの手を握っていた。
「ご、ごめんなさいリュミナ。わたしが気絶していたばかりに……」
リュミナは視線を落とし、足元を見ていた。
「いいのよセリナ。今回はあたしが油断していたせい。本来なら距離を取って、障壁を張り、先に魔法を叩き込んだ方が良かったのよ……」
リュミナは、セリナの肩に手を乗せると、漏れ出るようにため息をついた。それは、油断という名の強がりを見せてしまった結果でもあった。
そんななか、油迂がアレストの脇に来て顔を覗かせた。
「そういえばアレスト様。
穴から魔物が出現しているという事前情報でしたけど……その魔物って、こいつらだったんですかね……」
「たぶんそうだと思うんだけどなぁ。
この開けた所なんて、もう全滅しちゃってるし……」
アレストは天井を見上げた。20メートル以上もある天井からは、得体のしれないものが、ボトリボトリと落ちてきていた。
それは、繭や巣の断片のようにも見え、溶けたマシュマロのように、辺り一面に降り注いでいった。
アレストが言った。
「なんというか……。なんだか、申し訳ないな……」
「で、でもこれだけの敵を魔法一発で倒せたのですから、ある意味得したのではないかと……」
アレストは、鼻息を荒くしていた。
「……だが、そうは言っても、油迂。なんというか、剣を。剣を交えたいのだ……!」
「それは、アレスト様だからですよ。むしろ倒せてしまったんだし、儲けものだと俺は思っていますが……」
「しかし油迂よ。身体を動かし、カロリーを消費した後に食べる食事というものはだな……」
アレストは、洞穴内に響き渡る風に吹かれる葉のようなザワザワとした音を耳にすると、喋るのをやめ、腰を低く落とした。
「みんな! こちらに来て互いを背に固まれ!」
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