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第12話 何もできない男と蜘蛛の糸

 平原には蒼く茂った草花。雄大な空と雲。

 そこに佇む、土と汗にまみれた男たちと馬。

 そよそよと吹く心地よい風が、男たちの髭と、馬のたてがみを撫でていく。


 そんな折り、手を地につき、馬車にもたれ掛かるゴードンが口を開いた。


「なぁ、スメイスさんよ……」


「なんじゃい、デカブツ……」


「何もできないって、何もできんなぁ……」


「どっかで聞いたような、当たり前のことを言うでない」


「……」


 小鳥のさえずる声が、辺りから聞こえる。

 彼らもまた、これから餌を探しに行くのであろう。

 そう思うとゴードンは、何ともいえない気持ちになった。


「なぁ、スメイスさんよ……」


「なんじゃい、デカブツ……」


「マヨネーズって……ウマいよな……」


「知らんわ、そんなもの」


 その声は、木々の葉の揺れる音とともに、静かに消えていった。


――


 一方、洞穴の中では。


「まったく、ゴードンときたら!」


 踏み進む足に、思わず力が入るリュミナ。その歩き方から、いらだっている様子さえわかる。


「大体なんだって、鎧が引っかかるくらい図体がデカいのよ。ちょっと前はそんなことなかったじゃない!」


 リュミナが不満を吐露しながら先頭を歩いていると、アレストが後ろから、肩をたたく。


「リュミナ。少しは落ち着きな」


「だっていきなり盾役がいなくなったのよ、この先どうするのよ!」


「うっ。それは……」


「それに、アタシが作れるシールドじゃ、敵を抑えきれないし、何よりこの……」


「……」


「この隊列じゃ、先頭のアタシしか攻撃できないじゃない!!!」


 声を荒げるリュミナ。だが無理もなかった。この洞穴は人一人分の幅しかなかった。

 それでいて、振り返るのもやっとというサイズ。そのため隊列は、先頭からリュミナ、アレスト、セリナ、油迂の順番であった。


 それは、先頭のリュミナを除き、全員がほぼ前の人の後頭部しか見えていないという状態で、剣ですら構えることは困難を極めた。


 アレストのおぼつかない声が響いた。


「だ、だってこんな狭い中じゃ剣だってロクに振れないし。セリナは怯えてるし、油迂だって……」


「す、すみません。前に行って手助けできればいいんですが、この狭さでは……」


 一方でアレストと油迂の間に入っているセリナは、小刻みに震えながらぶつぶつと独り言を言っていた。


 リュミナが怒号を飛ばした。


「ああっ、もう! 分かりましたよ、分かりましたァ!!

 アタシが全部ぶっ飛ばしていけば良いんでしょ!!」


 そのときだった。洞穴に響き渡る声のほかに、岩肌を木の棒でひっかくようなカサカサという物の擦れる音が聞こえてきた。


「うっ……」


 さっきまで威勢の良かったリュミナが、その足を止めた。

 突然歩みを止めたリュミナに、アレストが声をかけた。


「ど、どうしたのリュミナ?」


「蜘蛛が……。蜘蛛の顔が詰まってるんだけど!!!」


 リュミナは後ずさりした。アレストの顔に後頭部を押しつけ、必死に後退しようとしている。


「いや、ちょっと。頭というか…お前の顔が近すぎて前が……」


 アレストからは、蜘蛛が一切見えていなかった。

 だが、先頭を歩くリュミナにだけは、変形した蜘蛛の顔がこちらを睨んでいるのが見えていた。


「いやあぁぁああぁ!! 下がって、下がってよアレスト様ァ!!」


「いや……、ちょっ……下がれって言ってもセリナが」


 セリナはリュミナの叫び声に反応し、立ったまま意識を失っていた。


「うわああぁセリナさん、しっかりしてください!!」


 油迂が重ねるように叫び、セリナの身体を揺らした。だが、一向に目を覚まさない。


 その時、アレストがポケットから一つの小瓶を取り出した。そして、体を後ろに捻り、セリナの口へと注ぎ込んだ。


「ゴファ!!」


 セリナが緑色の液体を吹き出した。


「うああああ! セリナああぁ!!」


 その様子にアレストは、声を上げた。


 その小瓶は、油迂とともに広場で飲んだ飲み物を再加工したものだった。

 あまりの不味さに新しい気付け薬として使えるのではと思い、街の薬師に頼み込んで作らせたものである。


 セリナはその後に何度も咳をした。やがてそれが治まると唇を震わせ、一筋の涎が頬を伝っていった。


 彼女は再び失神していた。


 先頭では、必死にアレストの背を押し、後退しようとするリュミナがいた。彼女は悲鳴をあげ、パニックに陥っていた。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください!

 この狭い通路じゃ、そんなに早く動けないですよ!」


 セリナを引っ張り声を上げる油迂。

 だが、服が引っかかって、思うように後退ができなかった。


 アレストが声を荒げ、リュミナの方を振り返った。


「り、リュミナ! よく見えんが、そこには敵がいるのか?」


「いますよ、さっきから。アタシのすぐ側まで来て……って……あれ?」


 リュミナは、視線を背後へとずらしていった。


 蜘蛛との距離は僅か数メートル。襲われるのであれば、既に襲われている状態だった。

 だが、その巨大な蜘蛛は通路に詰まったままであった。

 カサカサと音はするものの、顔が上下に動く程度で、こちらには来られなかった。


「ななな、なによ。ビックリさせちゃって。ちっとも襲ってこれないじゃないの!」


「……だ、大丈夫リュミナ……?」


 強がるように声を張るリュミナと、アレストの妙に落ち着いた声。

 リュミナは、こちら側に来られないと知るや否や、蜘蛛へと歩み寄ろうとしていた。


「あ、アレスト様。大丈夫です。大丈夫のようです。どうやらアイツは動け……」


――蜘蛛は、口から糸を出した。


 その糸の塊は、ローブにへばり付くと、ゆっくりとリュミナを引き寄せ始めた。


――――

――

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