第11話 キツい鎧
そして、再び朝食が訪れる。
セリナの視線の先には、いつもの風景が映った。
でも今日はちょっと違った。
いつもなら目の死んでいた油迂が、僅かに色を取り戻していたのだ。
甘い香りのとろりとしたスープを掬うセリナ。ひと口、ふた口、口へと運ぶ。
そんななか、セリナは考えていた。アレストのこと、油迂のこと。
「油迂さんのスキルは見たこともないスキル。
手から出る得体のしれないもの。ゴードンがそれを求める。
それも一度で飽くわけでもなく、何度でも。
しかもまた、それを美味しそうに食べるの。二人とも。
でも、人の手から出るものを欲しがったり、考えたりはしない。
その感覚は、リュミナと同じ。
欲しがるのは、欲望に溺れること。
わたしは、そう教えられてきた。だから負けない。
そういえばアレスト様も、やたらと油迂さんのことを気にかけているご様子。
召喚された者同士……だからなのだろうか。
わたしは、油迂さんのことをそれほど気にも留めていない。
好きでも嫌いでもない。でも、なぜか視線を向けてしまう。
それは、わたしの嫌悪からくるものなのか、好奇心なのか、自分でも分からない。
そのうち分かる日が来るのだろうか……」
「――っと、ここまでを日記にして、お祈りをすませなきゃ……」
セリナは早々と食事をすませ、日課をこなしていた。
視線を上げるセリナ。その奥では、油迂が黙々とマヨネーズを出して食事をしている。
その横でアレストが、額に手を添え俯いていると、ゴードンがその間を割るように座る。そして、アレストが頭を抱えて悶絶し始める。
そこに、リュミナの声が重なり、辺りを騒然とさせていく。
それは、何時になく楽しそうに見えた瞬間であった。
そんな彼ら、彼女らに視線を向けていたセリナは、気がつけば口元を緩めていた。
「今日の始まりは、いつもより平和でした、っと」
そう書き足して、セリナは再び日記を閉じた。
――
アレストが洞穴の前で立ち止まった。
草原のまっただ中にぽっかりと穴が開き、周囲には亀裂が広がっていた。穴は人の体ほどで、地中に向けて斜めに口を開けていた。
「……というわけで、平原の洞穴だ」
アレストはスメイスから気付けのポーションをもらうと、封を開け一気に飲み干した。
青白かった顔に、血色が戻っていった。
「はぁはぁ……」
「大丈夫ですか、アレスト様?」
そう言ってリュミナが顔を覗かせた。
「も、問題ない。ちょっといろいろあって、軽く魘されていただけだ。問題ない」
「……ちょっと良く分かりませんが、無理をしないでくださいアレスト様。
いざとなれば、あたしとセリナでなんとかしますので」
「あ、ああ。それじゃ行くぞ……って、おい。
ゴードンは何をやってるんだ」
足の留め具を掴もうとしているゴードンがいた。必死に手を伸ばすが、腹がつかえて、屈むことが困難だった。
「うっ……くっ……鎧が。ちょ、ちょっとまってくれいッ!」
アレストが、油迂に視線を向けた。
「ちょっとゴードンに手を貸してやってくれ油迂。
私は、リュミナとセリナとともに先に行き、中で待っている」
「わかりました。アレスト様」
油迂はそう言うと、ゴードンの脇に回り込んだ。
ゴードンのベルトを留める、ただそれだけなのに、今ではそのことに小さな喜びを感じていた。
やがてそれが終わると、盾を杖代わりに、ゴードンがゆっくりと立ち上がった。
「ガハハ、ありがとうな油迂! 助かったぜ」
「急ぎましょう、アレスト達が待っていますよ」
そう言うと、油迂とゴードンは洞穴へと走って行った。
――
洞穴の入口は、少し緩やかな下り坂だった。
進むにつれ、背後から差し込む外の光は細く薄れ、辺りは次第に暗くなっていった。
辺りは次第に狭くなり、手に持つ松明が、次第に顔に近くなっていった。壁面は粘土質から岩石質へと変わり、その温度も少し冷たく感じられるほどだった。
やがて、中から吹く冷たい空気に乗って、アレストたちの声が響いてきた。
もう少し、そう思ったときだった。
進むにつれ、次第に狭くなっていく感覚はあった。
だが、今はどうだ。油迂の身体がやっと入れるほどの幅だった。
それはつまり、
――ゴードンが、つかえていたのだ。
「ガハハ! これ以上進めんわ!」
先頭を進んでいたゴードンが、通路に嵌まった。
「笑ってる場合じゃないですよ、ゴードン!!」
「ガッハハ! 仕方が無い、こうして横に向けば……っと」
今度はゴードンの腹がつかえた。
腹を引っ込めようと、息を吐いても吸っても、それは微動だにしなかった。
油迂がゴードンを引っ張ってみた。だが、どれだけ引いても叩いても、その岩肌からゴードンを引き剥がすことはできなかった。
「うーん……困ったな……」
油迂から見たゴードンは、真横を向いたまま、すっぽりと嵌まった。
「……すまねぇ油迂。足の下側に隙間があるから、そこを抜けて、前にいるアレストに知らせてきてくれ」
油迂は、ゴードンの足元をなんとかすり抜け、アレストたちの元へと向かう。
――そして、それから数十分後。
そこには、鎧をマヨネーズまみれにされたゴードンがいた。
そんなゴードンを洞穴の中側にいるアレストが押し、外側にいる油迂とスメイスが、ロープを使って引きずり出した。
結局、戦いどころか洞穴にすら入れないゴードンは、スメイスとともに外で待つことにしたのだった。
――――
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