57話 指輪の秘密
「あぁ……! ルイス様……! お会いしたかったわ……!」
人混みを掻き分けるようにして、可憐な涙を流しながら駆け寄ってくる一人の女性。ルイスの最有力の婚約者候補である、フィーネだ。
「ルイス様が危険な魔物を封印しに行かれたと聞いて、私……心配で……! ご無事でよかった……!」
フィーネは痛々しいほどに涙を溢れさせながら、周囲に目もくれずルイスの胸へと縋りつくように抱きついた。
「…………ええ、フィーネ嬢。私も貴女に早く、お会いしたいと思っていました」
ルイスは淡々とした声音のまま彼女の細い両肩をそっと掴むと、そのまま身体を引き離した。上品に微笑んでいながらも、彼の表情には一切の温情を感じない。
「――この騒動の首謀者は、貴女ですね? フィーネ嬢」
その言葉に、アイリスだけでなくウィルバートやローズ達も目を見開かせて、動揺の色を見せた。
慕っていたルイスに首謀者だと疑われたフィーネは顔を悲痛に跳ね上げ、大粒の涙を流しながら信じられないと言わんばかりに声を震わせる。
「ひどいわ、ルイス様…………っ! 私はただ、貴方を心から心配していただけなのに…………。学園を危機に陥れた騒動の犯人は、ブランカ様なのでしょう!?」
「いいえ。彼女は都合のいい操り人形にすぎません」
言うや否や、ルイスはフィーネの右手首を掴み上げた。そして彼女の人差し指に嵌められていた、シルバーの指輪を躊躇なく抜き取ったのだ。
「それは、返して…………!」
動揺した声を上げるフィーネを、ルイスは冷徹な双眸で見下ろす。
「ああ、やはり……。この指輪の内側に、禁忌とされる精神操作魔法の媒体である『深淵結晶』が埋め込まれていますね。所有すること自体、違法なはずですが……これは一体、どこから入手された物ですか?」
フィーネは瞳を激しく泳がせながら、言葉を失って唇を強く噛み締めている。
「おや? 貴女が言えないのであれば、私が代わりにご説明しましょうか。この魔法石は貴女の分家である、バルト家が所有する鉱山で、不法に採掘されていたものですよ」
『バルト家』という名を聞いた瞬間、アイリスは思わず肩を揺らした。バルト家とは、利益がないにも関わらず突然アイリスに婚姻の申し出をし婚約者となった、あのバルト伯爵だ。
(バルト家とフィーネ様に繋がりがあったなんて、知らなかった…………)
点と線が、最悪な形で繋がりを見せていく。
「…………そんな、バルト家が……!? 私、この指輪の石がそんなにも恐ろしい魔法石だったなんて、本当に知らなかったの……! 珍しい飾りだと思っていたの……本当よ……信じて、ルイス様……っ」
健気にルイスを見上げ、頬を濡らすフィーネの姿にアイリスの胸が痛んだ。
もしかしたら、本当に彼女は犯人ではないのかもしれない。深淵結晶の埋め込まれた指輪も、偶然、手にしてしまっただけで犯人は別にいるのかもしれない。
口を開きかけた時、隣に並んでいたルイスがアイリスを制するように彼女の前に腕を出す。
「知らなかった……? 貴女はこの魔法石でブランカ嬢を操っていたではありませんか。深淵結晶を用いた精神操作魔法を維持するには、対象へ定期的に自身の魔力を流し込む必要があります。ブランカ嬢からは、魔法石だけでなくフィーネ嬢の魔力も感じましたよ。この指輪とブランカ嬢を調べれば、正式な証拠となるでしょう」
ルイスは指輪を月に翳しながら、内側に埋め込まれた魔法石へと視線を向ける。その魔法石はどこまでも黒く、月光の光すら通さない。
「フィーネ嬢が無関係を貫かれても、既にバルト伯爵からは貴女からの要望で深淵結晶を売ったという証言も得ています。まあバルト伯爵家は、禁忌の魔法石を採掘した件と諸々の余罪で数日前に騎士団へ取り押さえられていますが」
「そんな報告……私の耳には入っていなかったのに…………」
フィーネの瞳からは完全に光が消え失せ、彼女の白い頬には涙の跡だけが残っている。彼女は絶望に身体を震わせながら、現実を受け入れられないとでも言うように一歩、後ずさった。
「フィーネ嬢、貴女はなぜ、このような罪を犯したのですか?」
ルイスの低い問いかけにフィーネは突如、狂ったように歪な笑みを浮かべて顔を跳ね上げた。
「…………ふふ、そんなの、ルイス様の目を覚させてあげるために決まっているわ」
孤を描く唇に下がった目尻、一見優しげに見えるがどこか歪んでいる。そんなフィーネの不気味な笑みに、アイリスは静かに息をのんだ。
「私の計画は完璧だったのよ? ブランカ様がローズ様を妬んでいることは知っていたから、簡単に私の手駒になってくださったの。あとは彼女の復讐に紛れてあの子を……アイリス様を魔物に襲わせるだけで良かったの。その為に、わざわざ私が捕まえてあげていたのに……アイリス様ったら逃げ出しちゃうんだもの。貴女のせいで、私の計画がめちゃくちゃ。…………全部、全部、貴女のせいよ」
優雅な口調で並べられた言葉と共に、底知れぬ水色の大きな瞳がアイリスだけを捉える。
フィーネはブランカの恨みを利用し、自ら手を汚さずにアイリスをこの世界から消し去ろうとしたのだ。先程まで健気にルイスを心配していたにも関わらず、彼を危険に晒してまでフィーネはアイリスを憎んでいる。
「フィーネ嬢、貴女は……自分がどれほど愚かで取り返しのつかない真似をしたか、理解しているのですか」
ルイスの放つ威圧感と冷酷な眼差しは、周囲の誰もが息を呑むほどに恐ろしいものだった。しかし、フィーネは怯むことなく喉を震わせた。
「貴方こそ……どうしてこんな平凡な女に構うの!? 取り柄のないアイリス様が、公爵家嫡男たるルイス様の隣に並ぶことなんて、決して許されるはずがないのよ!?」
逆上したフィーネは声を荒げて、アイリスに向け手を翳した。彼女は魔力で構築した炎を放とうとするが、その炎が届く前にルイスがフィーネの手首を強く握りしめる。
よく見れば掴んでいるルイスの手から冷気が漏れ、フィーネの肌に冷たい霜をおろしていた。
「っ……!」
「…………優れた古代術式の解読知識を持ち、魔物の封印までやり遂げた。何より親身になって誰かのために行動できる彼女の、一体どこが平凡だというのですか? 魔力量だけの貴女の方が、よほど無価値に思えますよ」
絶対零度の冷ややかな瞳のまま、彼は冷酷に最後通告を告げた。
「フィーネ嬢。貴女には、己の犯した罪に見合う相応の罰を受けていただきます」
ルイスが手首を離すと、彼女は抜け殻のように力なく両腕を垂らしていた。
アイリスはふと頭上から照らされる光の色が変わっていることに気づき、夜空を見上げた。
先ほどまで世界を呪うように禍々しく輝いていた赤い満月は、いつの間にか透き通るような純白の月へとその姿を変えていた。
雲ひとつない夜空の頂天から降り注ぐ清らかな月光は、まるで最悪のバッドエンドを乗り越え、未来を祝福するかのように、どこまでも優しく、そして美しく彼らの足元を照らし輝いていた。




