↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
46/57

46話 ジークのお願い


 夜な夜な研究室にこもり、ようやく完成させた『呪詛返しの結晶』。未来を変えるための一歩として、アイリスは完成した結晶をウィルバートたちへ配っていった。


「呪詛返しの結晶か! 鮮度が高くてよくできている。さすがアイリスだな、ありがとう。大切にするよ」

「常に身につけておけばいいのだな。わかった。心遣いに感謝する」

 

 ウィルバートは感心したようにエメラルドの瞳を輝かせ、ディランは鋭い双眸を和らげてそれを受け取ってくれた。


「ふん、中々良くできているじゃない。アイリスが直々に作ったというのなら、貰ってあげてもよくってよ!」

「これを私に……? 嬉しい! ありがとうございます、アイリス様!」

 

 ローズはツンとすました態度を取りつつも、嬉しそうに目尻を緩めて結晶を指先で弄ぶ。その隣で、クロエは両手を胸の前で合わせ目を輝かせた。


 みんなが快く受け取ってくれたことに、アイリスは安堵の息を漏らす。

 

(ルイス様には作った時に渡したから……あとはジーク様の分だけだ)

 

 ジークが護衛を担当する日の放課後、アイリスはいつもの第二図書館で彼が来るのを待っていた。窓から差し込む夕陽が床に長い影を落とす中、本棚の奥から聞き馴染んだ足音が近づいてくる。

 

「やぁ、アイリス」

 

 ジークが棚の隙間からひょっこりと顔を覗かせ、弾んだ軽い声でアイリスの名を呼んだ。


「ジーク様! お待ちしていました!」

 

 彼の姿を捉えた瞬間、アイリスは待ちきれないとばかりに小走りで彼の元へと駆け寄る。いつもなら一歩引いた佇まいを崩さない彼女が自ら距離を詰めてきたことで、ジークの口角は無意識に緩んでしまう。

 

「ど、どうしたの、アイリス?」

「実は、ジーク様にお渡ししたいものがありまして……」

 

「え!? 俺に!?」

 

 ジークの瞳に熱を帯びた煌めきが宿るなか、アイリスは呪詛返しの結晶を彼に手渡した。

 

「アイリスがこれを俺に……? すごく、嬉しい…………」

 

 ジークはしばらくの間、夢でも見ているかのように呆然とそれを見つめていたが、やがて目尻を柔らかく緩め、ほんのりと頬を色づかせる。

 

「はい、みなさんに日頃のお礼として作りました。肌身離さず持っていてくださると嬉しいです!」

 

「そっか、みんなに…………、絶対、大切にするよ。ありがとう、アイリス」

 

 ジークは世界にたった一つしか存在しないガラス細工に触れるかのように、両手で小さな結晶を優しく握りしめる。


 ふっと視線を落とした彼の睫毛が切なげに潤んでいるように見えたが、それでも唇の端を健気に持ち上げ歓喜の混じった微笑みを彼女に向けている。

 

 贈り物を喜んでくれているジークの様子を見て、アイリスの胸にも誇らしい気持ちがふつふつと湧き上がる。

 

「ふふっ、失くさないでくださいね?」

「失くすわけないよ! ずっと大切に持っておくから。はぁ……本当に嬉しいな」

 

 ジークは顔をふにゃりと緩め、手の中に残る結晶を静かに見つめると――

 

「…………ねぇ、アイリス」

 

 先程までとは少し違う、緊張の孕んだ声でアイリスの名 が呼ばれた。彼の顔を見上げると、ジークは僅かに頬を染め、視線を斜め下へと逸らす。

 

「もし、よかったら……この結晶のお礼に、ドレスを贈らせてほしい…………ダメ、かな?」

 

 視線を下げたままのジークの瞳が、小さく揺れている。

 

 彼の言葉に、アイリスは眉を寄せた。

 なにせ、あまりにも対価として見合っていない。もしドレスを受け取るのであれば、今渡した何倍もの結晶をジークに渡さなければ、釣り合いが取れないだろう。


「お気持ちはとても嬉しいのですが、ドレスと私のような者が作った結晶では、さすがに価値が違いすぎるので……受け取れません」

 

「そんなことないよ……! これはアイリスが魔力を込めて作ってくれた結晶でしょ? 俺にとってはどんな高価な宝石やドレスよりも、価値のあるものだよ。……けど」

 

 彼は一度、言葉を区切り僅かに震える唇をゆっくりと動かした。

 

「君がどうしても見合わないって言うのなら……一つだけ、俺の我儘を聞いてくれない?」

 

「我儘、ですか?」

 

 ジークは一呼吸置いて、落としていた視線を上げた。そしてアイリスの紫色の瞳を、射抜くように見つめるのだ。

 

「……俺が贈ったドレスを着た君を、プロムの夜にエスコートさせてくれないかな……?」


 ジークは真剣な眼差しで、ただ祈るように彼女の唇が動くのを待っている。


 プロムといえば、卒業式前に行われる学園最大のイベントだ。ジークやルイスといった卒業生と、その婚約者や卒業生から直々にパートナーとして誘われた者が参加を許される。

 

 今回であれば、ローズはウィルバートを、ディランはクロエを誘って参加するはずだ。アイリスはただのモブ令嬢なので、参加する予定は微塵もなかったのだが……

 

 そもそも、自分のような地味な令嬢を誘わなくても、眉目秀麗で注目を集めるジークであれば、彼のパートナーになりたがる令嬢はいくらでもいるだろうに。

 

「私に声をかけなくても……ジーク様とプロムに参加したいと願う美しい令嬢たちが、沢山いらっしゃると思いますよ?」

 

 腑に落ちないといった様子で、首を傾げるアイリス。けれどジークは首を横に振り、迷うことなくアイリスの小さな手をそっと包み込んだ。

 その手のひらは、僅かに震えている。

 

「俺は……他の誰でもなく、アイリスがいい……!」

 

 潤んだ灰色の瞳が、彼女のすべてを慈しむように深く見つめている。けれどアイリスは、悩むように視線を逸らしてしまった。


 卒業生のパートナーというだけでも衆目を集めるというのに、ジークの隣に並んでプロムに参加すれば、注目の的になることは避けられない。今まで平穏な学園生活を維持するために、ひたすら『目立たないモブ令嬢』としての立ち回りを徹底してきた彼女には荷が重い。

 

「アイリス、お願い……」

 

 縋るような彼の眼差しに、アイリスの胸が締め付けられるように痛んだ。

 

「…………ダンスで間違えて足を踏んでしまっても、文句言わないでくださいね?」

 

「っ! もちろん……! 何度だって踏んでいいよ!」

 

 アイリスの承諾の言葉を聞いた瞬間、ジークは大輪の花が咲いたような笑顔を浮かべる。

 

「どうしよう、すごく嬉しい……アイリスをエスコートできるなんて……」

「どんなドレスがいいかな? アイリスなら、どんなドレスだって絶対に似合うよね」

「希望の色や形はある? なんでも言ってね」

 

 先ほどまでの真剣な雰囲気はどこへやら。弾んだ声で語りかけてくるジークの言葉は止まらない。

 

「ジーク様にお任せします。ですが、どうか……安価なものでお願いしたく…………」

「それは……あはは〜」

 

 ジークは、はぐらかすように笑って誤魔化す。そんな彼をアイリスはジト目で見つめるが、彼は反省どころか嬉しそうに、また顔を緩めてしまうのだ。

 

「あはっ、ごめんごめん。でも俺にとっては最高のご褒美なんだ。本当にありがとう、アイリス」

 

 ジークは心からの幸福に満ちた笑みを浮かべ、大切そうにアイリスの手を握り直すのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。