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47話 ルイスの約束


「アイリス嬢」

 

 闇の魔物を調べるべくアイリスが第二図書館へ足を踏み入れようと扉の取っ手に手を伸ばした、まさにその瞬間のことだった。


 背後から聞き馴染みのある声で、アイリスの名前が呼ばれた。それと同時に伸ばしかけていた彼女の手首が優しく、けれど拒絶を許さない力で包み込まれる。

 

 驚いて振り返ると――

 

「……ルイス様!?」

「今、少しいいですか?」

「え?」

 

 アイリスが困惑の声を返すよりも早く、ルイスは彼女の手首を掴んだまま迷いのない足取りで図書館の裏手へと彼女を連れ出した。

 

「どうかされたんですか?」

 

 木々が濃い影を落とす木陰でようやくルイスは足を止め、アイリスの手首はそっと解放する。こちらを振り返った彼は、いつもの上品な笑みを浮かべていた。

 

「突然申し訳ありません。邪魔に入られたくなかったものですから」

 

 ルイスの言葉に、アイリスは小首を傾げた。

 今の時期、生徒会では引き継ぎの真っ最中。会長であるルイスは目が回るほど忙しい日々を送っていた。それなのに、わざわざ自分をこのような場所へ連れ出す理由といえば――

 

(もしや、私に手伝わせたい雑務でもあるのかな?)

 

 そんな現実的な推測を胸の内で呟きながら、アイリスは次の言葉を待つように、静かにその青い瞳を見上げる。

 

「アイリス嬢に、受け取っていただきたいものがありまして」

 

 ルイスは笑みを深めると、アイリスの右手をそっと掬い上げ、白く滑らかな指先をなぞるように触れる。そして戸惑う彼女の小指へ、吸い込まれるような青い輝きを放つソレが嵌めたのだ。

 

「…………え?」

 

 自身の小指に嵌められたのは糸のように細く繊細な、けれど確かな存在感を放つ華奢な指輪だった。


 中央で凛とした光を放つのは、ルイスの青い瞳をそのまま映し込んだかのようなブルーサファイア。

 しかもそれだけではなく、その青い宝石の奥からは彼のひんやりとした心地のよい魔力が脈打つように巡っている。

 

「呪詛返しの結晶をくださったでしょう? これはそのお礼です。貴女は危なっかしいので、おまじないもかけておきました」

 

 ルイスは彼女の小指を飾る指輪を、精巧な芸術品を愛でるかのように上機嫌で見つめている。その眼差しは、冷たい氷の奥に熱を孕んでいるかのようだった。

 

 しかしアイリスは、みるみるうちに顔を青ざめさせる。


(嬉しい、けど……絶対に高価……!)


 宝石や装飾品に疎いアイリスでもわかる。シンプルながらに洗練された指輪。そして不純物の一切入っていない、透き通るように深く青い宝石……しかも、ルイスの魔力まで込められている。こんなの絶対に、恐ろしいほど高価に決まっている。


「う、受け取れません……!」

「ダメ、外さないで」

 

 なぜかサイズまでピッタリな指輪を、震えながら外そうとしたアイリスの手を、ルイスの冷たい指先が優しく触れて制した。

 

「貴女のことだから、また『見合わない』とか言って断るつもりなのでしょう?」

 

 見透かされ、アイリスはぐうの音も出ずに黙り込む。そんな彼女の分かりやすい反応が可笑しくてたまらないといった様子で、ルイスは喉の奥をクッと鳴らした。

 

「貴女のために用意したのに、断られてしまっては私が困ってしまいます」

「……で、ですが」

 

「アイリス嬢に受け取ってほしい。それに……」


 一度言葉を研ぎると、ルイスはどこか悪戯めいた愉しげな光をその青い瞳に宿した。

 

「この指輪が目に止まる度、貴女は私を思い出してくださるでしょう? だから、肌身離さず、身につけておいてくださいね……?」

 

 そう囁きながら、ルイスは指輪の嵌ったアイリスの手を、今度は包み込むように両手でしっかりと握りしめる。逃がさないと無言で告げるようなその眼差しと上品な微笑みに、アイリスの心臓は静かに波打ち始めた。


「い、意地が悪くないですか……!?」

 

「ふふっ、それは貴女も前からご存じのはずでしょう? おっしゃっていましたもんね〜? 私が意地悪だって」

「うっ……それは……」


 それはルイスが寝不足で無理をしていた時に、つい口からこぼれてしまった言葉だった。どうやら彼は未だに根に持っているらしい。


 ルイスは口ごもるアイリスを見つめたまま笑い声を落とした。そして指輪の嵌められたアイリスの小指を、上機嫌に指先で撫でるのだ。


 自分で意地悪だと言いながらも、指輪を見つめるルイスの瞳はとても柔らかく温かな眼差しだった。アイリスは頬に熱が篭るのを感じながら、悩ましげに眉を顰め……

 

「……ありがとうございます……嬉しいです」


 この指輪を受け取ることにした。

 傷つけないようにしなきゃ……と心で唱えると、ルイスはにこやかな笑顔を浮かべる。

 

「ふふっ、毎日身につけてくださいね。……ところで、プロムのご予定を伺っても?」


「プロムならジーク様と参加する予定ですよ」

 

 不意に投げかけられた問いに、アイリスは顔の熱を冷ましながら何気なく答えた。するとその瞬間、ルイスを包む空気が一変した。

 

「…………へぇ、ジークと。どういう経緯で誘われたのですか?」

 

 上品な微笑みはそのままに、背後の影がぐっと濃くなるような気配を感じる。突如として放たれたその圧に、背筋を凍らせつつもアイリスは事実を恐る恐る説明した。

 

「最初は結晶のお礼にドレスを贈りたいと言われたのですが、見合わないのでお断りしたら……代わりに、ジーク様の我儘を聞くという形で、お誘いいただきました」

 

「我儘、ねえ……しかもドレスまでジークが用意すると……ふぅん、そう」

 

 徐々にルイスの纏う空気が冷え切っていくのを感じる。いつ足元が凍ってしまってもおかしくないその冷気に、アイリスは慌てて話を逸らそうと言葉を紡いだ。

 

「る、ルイス様もフィーネ様とご参加されますよね! お二人のダンスが今から楽しみです!」

 

 ルイスとフィーネは共に生徒会役員で、見目麗しい優秀な二人だ。並んで歩くだけできっと絵になるだろう。


 しかしそんなアイリスの言葉は、ルイスの機嫌を直すどころか、火に油を注ぐ結果にしかならなかった。

 

「……生徒会の役員同士でファーストダンスを踊る風習があるというだけですよ」


 吐き出されたルイスの声は低く、そしてどこか切なげだった。向けられたその表情も、いつもの上品な仮面ではなく彼女の心を激しく揺さぶるような、真剣な色が混じっている。

 

「しがらみがなければ、私は……貴女とファーストダンスを踊りたかったですよ。もちろん貴女をエスコートするのも……」

 

 痛ましげに囁かれた言葉にアイリスの胸がドクンと跳ね上がる。アイリスは息を呑み、慌てて首を横に振った。

 

「……じょ、冗談を言わないでください! ルイス様はフィーネ様という美しいお相手がいらっしゃるじゃないですか」

 

 ルイス自身が言ったように、例外はあれど生徒会の役員同士でファーストダンスを踊るのが風習だ。何より、フィーネは彼の有力な婚約者候補で、彼のことを想っている。卒業すればすぐに正式な婚約が結ばれるだろうと、周囲でも噂のあるお似合いの二人なのだから。

 

 アイリスの毅然とした返事に、ルイスは全てわかっていたかのように寂しげに長い睫毛を伏せた。


「そう……」

 

 囁くような、消え入りそうな声。触れ合っていた指先からすっと力が抜け、このまま手が離されるのかとアイリスが思った、次の瞬間。

 

 アイリスの手は再び強く握り直され、強引に引き寄せられる。至近距離でこちらを見下ろすルイスの瞳が、真っ直ぐにアイリスの姿だけを捉えて離さない。

 

「……この指輪は、プロムの日も必ずつけてきてください。それくらいなら、願ってもいいでしょう?」


 彼はそう言って目を伏せると、アイリスの右手を自身の顔の近くまで持ち上げる。そして彼女の細い指先に、そっと熱い誓いを刻み込むように口づけを落としたのだった。

 

 指先に触れた柔らかな熱によって、アイリスの顔は一瞬にして熟した林檎のように真っ赤に染まった。心臓が耳元でうるさいほどの鐘を鳴らし、言葉すら紡げなくなる。


「………………は、い」

 

 ようやく絞り出した声で答えると、ルイスは優しい微笑みを浮かべてアイリスの手をやっと解放してくれた。

 

「約束ですよ。それでは、私はここで失礼しますね」

 

 流れるような仕草で去っていった彼の背中を、アイリスはただ呆然と見送ることしかできなかった。

 

 静寂を取り戻した木陰で、自身の小指を飾る指輪へ視線を移す。

 

 木漏れ日の柔らかな光を浴びて、深く、鮮やかな青い宝石が、彼の瞳そのもののように美しく煌めいている。

 

(…………綺麗)

 

 アイリスは胸を高鳴らせたまま、その眩い輝きから目を離すことができず、静かに青い宝石を眺め続けるのだった。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

★X(Twitter)にて【ルイス】のイラストを公開しました!

見ていただけると嬉しいです↓


https://x.com/3o624r?s=11

@3o624r


今後もイラスト投稿予定です!

※自作イラスト not AI


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