45話 呪詛返しの結晶(2)
アイリスから差し出された結晶を見つめた瞬間、ルイスは微かに息を呑み動きを止めた。
(あまりの拙さに言葉もでないの……?)
固まってしまったルイスに、アイリスは不安気な視線を投げかける。アイリスにとっては良い出来だがルイスにとっては、不出来に見えるのかもしれない。
けれどそんなアイリスの不安を消し去るように、ルイスは差し出された結晶をじっと見つめ、やがてしなやかな指先で結晶を受け取ってくれた。
「これは……貴女が身を削って私たちのために用意してくださった物でしょう? 拙くなんかありませんよ。決して、手放しません。……アイリス嬢、ありがとうございます」
アイリスに向けられた彼の青い双眸は、どこか切なげで同時に言葉にできないほどの甘い歓喜に濡れていた。
受け取ってもらえただけでなく、お礼の言葉までもらえた安堵から、アイリスの緊張の糸が解け、その唇に自然と笑みが零れた。
「そう言っていただけて、嬉しいです!」
けれどこのまま和んでいる場合ではない。早く片付けを済ませて、部屋を出なければ教員に怒られてしまう。
「片付けもすぐに終わらせますね!」
アイリスは道具の散らばった机の方へと振り返り、片付けようと器具へ手を伸ばした、その時――
「待って、アイリス嬢」
彼の声が鼓膜を揺らすと同時に、伸ばしたアイリスの右手の上に、ルイスの大きな手のひらが後ろから重ねられた。
「――っ!?」
ルイスの中性的な容姿からは想像もできないほど、男性的で広い体躯が背中に触れる。机とルイスに挟まれ、逃げ場のない抱擁のような体勢に、アイリスの思考は完全に白く染まった。
「貴女……ほとんど魔力が残っていないのでしょう? もう立っていることすらやっとのはずですよ」
ルイスの吐息を感じるほどの距離で紡がれる声。あまりの近さに、心臓が高鳴り肌が熱くなっていく。
すると重ねられた手からルイスの魔力がじわりと流れ込んできた。まるで澄み切った冬の空気のような、ひんやりとした魔力。渇ききっていた身体の奥深くに、上質で気高い魔力が心地よく染み渡る。
(魔力を分けてくださっている……? ありがたい……けどルイス様だって、生徒会の雑務で疲れているはずなのに申し訳ない……!)
「あ、あの……魔力を分けていただくのはありがたいのですが、私は本当に大丈夫ですので……っ!?」
アイリスは手を重ねられたまま身を捩って振り返ると、すぐ真横にルイスの端正な横顔があり、言葉を詰まらせた。
少しアイリスが背伸びをすれば、唇が触れてしまいそうなほどの近い距離。動揺したアイリスに、彼はふっと妖艶な笑みをその薄い唇に浮かべ、悪戯に青い瞳を細めた。
「なぁに? 私の魔力では、ご不満でしたか?」
揶揄うように、けれどひどく甘く囁かれたその言葉に、アイリスは更に心臓を高鳴らせる。
「そ、そういうわけでは、ありませんが……! というか近くないですか!?」
「ん〜? そうですか?」
「そうですよ……っ!」
アイリスが頬を赤らめ顔を俯かせると、ルイスは重ねている手の上で指先を滑らせ、指を絡めとるように手を握りしめる。そしてピクッと手を小さく震わせた彼女を、愉しげに眺めると、俯いた顔を覗き込む。
「魔力を移すためですから…………我慢して?」
耳元で囁かれる甘く掠れた声に、アイリスの顔は林檎のように真っ赤に染まってしまった。その反応がツボに入ったのかルイスは低く喉を鳴らして笑う。
そして、しばらくした後、重ねられていた手がやっと解放された。
「――これぐらいですかね」
「あ、ありがとうございます……」
身体の奥深くに残るルイスの魔力は、冷たい氷のようでいて酷使した神経を、すっきりと引き締めてくれる心地よさがあった。
アイリスがまだ高鳴る心臓の音と必死に戦っていると、ルイスは慣れた手つきで彼女の華奢な肩をそっと掴み、背後にあった椅子へと大人しく座らせた。
「え? あの、ルイス様?」
「アイリス嬢はしばらく休んでいてください。いくら私の魔力を流したとはいえ一時的なものですし、脳の疲れはとれていないでしょう? 残りの片付けは、私がやっておきますから」
「でも、ルイス様に片付けをさせるわけには……!」
「いいから。休んでいてください」
なおも食い下がろうとするアイリスの反論を遮るように、ルイスは彼女の頭を一度だけ優しく撫でる。そしてこれ以上は拒絶を許さないというように、上品な微笑みを向けられた。
実際、精密な錬金術を何日も続けていたアイリスは、限界を超えて疲弊していたのは事実だった。これ以上頑なに拒むのも彼の善意を無下にすることになる。
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「ふふっ、いい子ですね」
ルイスは満足そうに目を細めて頷くとシャツの袖を軽く捲り、手際よく道具をまとめ始めた。
彼の背中を眺めながらアイリスは身体を巡るひんやりとした魔力の余韻と、未だに熱い頬を冷ますように、自身の顔へ手を添えたのだった。




