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3話 第二図書館


 ウィルバートと秘密の取引を交わしてから、数日後の放課後。アイリスは周囲の目を盗み、約束の場所である『第二図書館』へと足を運んでいた。

 

 少し古びた外観をしていたものの、中は思ったよりも広く掃除も行き届いている。本棚を眺めながら中へ進むと、ここに置かれている本のほとんどが、現代語ではなく『古代言語』の魔導書だった。


 その言葉どおり、現代語の魔導書は現代に開発された新しい魔法が記され、古代語の魔導書には古代に開発された古い魔法が記されている。


 もちろん現代魔法も好きだが、貴族の嗜みとしての華やかで見栄えの良い表現のものが多く魔力の消費が多い。

 

 それに比べて古代魔法は、単調で実用的。魔力の消費も無駄がないので、平均魔力のアイリスにとっては古代魔法の方が相性がよかった。


(それにしてもウィルの言っていたとおり、私好みの魔導書がたくさん……!)


 探索をするように奥へ進めば、本棚の奥にこぢんまりとした閲覧スペースを見つけた。長机に、座り心地のよさそうな椅子とソファ。窓からは暖かな木漏れ日が差し込んでいる。


(王都の中央図書館で、ウィルと過ごしていた場所に少し似てる……)


「ここ似ているだろう? 僕たちが過ごしていた場所と」


 突然投げかけられた声に驚いて振り返れば、ウィルバートがアイリスへ向けて爽やかに微笑んでいる。

 

 しかし、そんな彼の後ろへ控える二人の男子生徒の姿を視界の隅に収めた瞬間、アイリスは動揺で息をのむ。


 ウィルバートとの取引を交わした日。アイリスはたしかに、護衛をつけるよう彼に頼んでいた。学園内とはいえ王子が護衛もつけずに一人出歩くのは危険だ。


 それにアイリスとしても、王子と二人きりの空間で過ごすのは、いたたまれない。てっきり彼の護衛は、従者を連れてくるとばかり思っていたのだが――

 

「僕の友人で側近の二人だ。こちらの黒髪の男が『ディラン』。我が騎士団長の息子で剣の腕が立つ。そしてもう一人の癖っ毛の男は『ジーク』。顔が広く、学園内外に知り合いが多い。彼らは僕たちの一つ上の学年だ」


 ウィルバートに紹介される前から、アイリスは彼らのことを『知っていた』。なぜなら――


 鋭くシャープに切り込まれた黒髪に、切れ上がった鋭い赤の瞳。長身で制服の下からでも鍛えられた身体がよくわかる騎士『ディラン・シュベルト』。


「ディランだ。ウィルバート殿下の命で同席する。よろしく頼む」

 

 肩までしなやかに流れるウェーブがかったグレージュの髪に、どこか気だるげに弧を描く灰色の瞳。あどけなさと妖艶さが混じったような色気があり、社交的で飄々とした男『ジーク・ナイトフォール』。


「俺はジークだよ。よろしくね〜」


 王子であるウィルバートも含め、ディランとジークは、乙女ゲームの攻略対象者だ。


(どうして攻略対象者で学園の有名人である三人が、モブ令嬢である私の目の前に揃っているの……!?)


「お前たちはもう知っていると思うが、彼女は僕の友人、アイリス・メルヴィル伯爵令嬢だ」


 アイリスは、頭が混乱している最中であったが、ウィルバートからの紹介を受け、スカートの裾を優雅に持ち上げ軽く頭を下げる。叩き込まれた淑女教育は、今この瞬間のためにあったのだと言わんばかりの、マナーに則った美しい一礼を披露した。

 

「お初にお目にかかります。メルヴィル伯爵家の、アイリス・メルヴィルと申します」

 

 ウィルバートは僅かに目を見張ったあと、満足そうに唇の端を上げた。

 

「入学式の日も思ったが、昔よりも淑女らしくなっているな」

 

「王都にこっそり通っていたことがバレた後、みっちり淑女教育を叩き込まれましたから……」


「昔は僕の手を引いて走り回るような女の子だったのに」


「あの頃は魔法にしか興味がなくて……恥ずかしいので昔のことは内密にお願いします!!」


 今では考えられない自身の行動にアイリスは顔を青ざめるが、ウィルバートはそんな彼女に反して楽しそうに笑い声をこぼす。


「あははっ、すまない。作法もそうだがアイリスが美しくなっていたので、つい」


 サラリとすごいことを口にしたウィルバートに、アイリスは疑うように目を細めた。彼女の中にある感情は、乙女らしくない感情。


(私が美しいって……ウィルの目は大丈夫かな)


 ウィルバート自身もそうだが、彼の周りには容姿の整った人物が多い。今この場にいるディランとジークを含め、ゲーム内の婚約者だったローズ。そして一年後に出会うはずのヒロインも。

 

 アイリスはモブにしては顔立ちが悪くないけれど、華やかな彼らと比べたら、石ころも同然だ。所詮、背景と同化する運命のモブにすぎない。


(……美しいといえば、たしか攻略対象者の中に、その言葉が相応しい美形な攻略対象がいたっけ)


「実はもう一人君に紹介しておきたい者がいるんだ。覚えているか? 昔少しだけ君に話したことのある僕の『幼馴染』について――」


 その瞬間、落ち着いた規則正しい足音がウィルバートたちの奥から聞こえてくる。振り返ったウィルバートは、その人物を呼ぶように声を発した。


「ああ、ちょうど来たようだ。ルイスこっちだ!」

 

 彼に名前を呼ばれ現れた人物は、まさに『美しい』という言葉に相応しい青年だった。


(ルイス……ハワード……!)


 絹糸のように細く青みを帯びた銀髪が、繊細な輪郭をなぞるように流れ、長い睫毛に縁取られた青い瞳は吸い込まれそうなほど深く、中性的な美貌をさらに際立たせている。

 

 アイリスは彼の姿を視界に捉えた瞬間、脳内の記憶の引き出しが、凄まじい勢いでひっくり返るのを感じた。


 乙女ゲームにおいて、ルイスはウィルバートたちと同等のスペックを持っているにも関わらず、攻略のできない『非攻略対象』だと思われていた。


 しかし、ヒロインたちの血の滲むような検証の結果、発掘された最難関の『隠しルート』。

 

 それこそが、この『ルイス・ハワード』なのだ。

 

 ウィルバートルートの特定の選択肢を完璧に踏み、かつ難解な魔法解析イベントを全てクリアしなければ、彼のルートへ進む扉すら開かれない。

 

 前世の自分ですら一度も彼のルートへ到達できたことがなく、まさに画面の向こうの超レアキャラ。

 

 そんなルイス・ハワードが今、目の前にいる。


「遅れてしまい申し訳ありません。生徒会での会議が長引いてしまいまして」

 

「いや構わない。忙しい時期にすまなかったな。アイリス、彼は生徒会長で二年のルイス・ハワードだ。宮廷魔法使いの見習いで、僕が以前話した『幼馴染』だ。ルイス、こちらが例の王都で出会った僕の友人だ」


「ああ、貴女が……。メルヴィル伯爵家のアイリス嬢ですね。私はルイス・ハワードと申します。ウィルから貴女の魔法の才については予々伺っておりました。直接お目にかかれて光栄です。以後、お見知りおきください」


 ルイスが上品に、けれどどこか仮面のような微笑みを浮かべ優雅に一礼をする。その深く青い瞳には穏やかな口調とは裏腹に、どこか冷静に見定めるような色が潜んでいた。


 アイリスは、胸元に光る三角帽子のブローチをぎゅっと握りしめたい衝動に駆られる。

 

(王位継承争い最前線の第二王子に、側近である堅物騎士に社交的で飄々とした男。極め付けの最難関・隠し攻略対象の生徒会長……)

 

 安全圏にいたはずのモブ令嬢、アイリスの目の前に突如として現れたゲーム屈指の攻略対象者たち。

 

 混乱するアイリスを見つめながら、ウィルバートはエメラルドの瞳を輝かせ、ハッキリとした口調で告げた。

 

「ここへ来るときは、この三人の誰かを必ず同席させることにした。アイリスもそれで構わないな?」

 

 平穏な学園生活を望むアイリスの傍らで、運命の歯車が凄まじい音を立てて狂い始めてしまった。


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