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26話 誰のルートへ進みますか?


 放課後。アイリスは、身を隠すように第二図書館へと逃げ込んだ。


 あの後、クロエとローズと共に昼食をとったのだが、二人の美少女に挟まれ、美味しいはずの食事の味をほとんど感じることができなかった。


 ローズは相変わらずツンデレで高圧的だが、意外にもクロエはそんなローズに怯むことなく物申す。二人の掛け合いを浴びながら、アイリスは苦笑いを浮かべていると、いつの間にか会話に巻き込まれる。

 

(どうしてこんなことに……私はただのモブ令嬢。 なぜこんなにも華やかな席に座らされているの!?)

 

 昼食が終わる頃には、アイリスの胃はかつてないほどの疲労感で悲鳴を上げていた。

 

 第二図書館の扉を開け、古いインクと羊皮紙の香りに包まれた瞬間、ようやく肺に空気が巡るような心地がする。まだ誰もいない図書館の一角で、アイリスは机に突っ伏し、気の抜けた声を吐き出した。


「はぁ〜〜落ち着く……」

「随分と消耗しているようだな、アイリス」


 頭上から降ってきたのは、聞き馴染みのあるウィルバートの気さくな声だった。

 

 アイリスが、のそりと顔を上げると、そこにはウィルバートだけでなく華やかな面々の姿。ルイスに、ジーク、ディラン、珍しくここへ通う全員が揃っていた。

 

「アイリスは、さっそく光の編入生と親しくなったのだろう? 今日の昼にローズ嬢も含めて、楽しそうに廊下で話をしていたな」


 ウィルバートが微笑ましそうにエメラルドの瞳を細め、アイリスの隣へと腰を下ろす。するとジークも自然と、反対側のアイリスの隣へと腰を下ろし、揶揄うような笑みを浮かべた。

 

「へぇ〜ローズ様だけじゃなくて、光の編入生まで手懐けちゃったの? さすがアイリス嬢だね」

 

「そんなわけありませんよ……! 私はただ、成り行きで……」

 

 アイリスは再び机に突っ伏したくなった。だが、彼女の脳裏を巡ったのは、乙女ゲームのシナリオである。

 

(……クロエが編入してきたということは、この中の誰かと『出会いイベント』が発生しているはず……)

 

「……ウィルは、クロエとお話しをされましたか?」

「いや? 全校集会や廊下で見かけたきりだ」

 

「可愛いなとか不思議と目に止まるとかは、ありませんでしたか?」

「気にしたこともなかったな。……だが光の属性には興味があるな。一度、魔法を使用するところを見てみたい」

 

 ウィルバートはクロエ自身というよりも、光の属性に興味を示しているだけのようだ。そんな様子に、アイリスは内心でほっと胸を撫で下ろす。


 もしウィルバートがヒロインと結ばれてしまったら、あんなにひたむきに努力しているローズが報われない。


 だからといってクロエが悪い子かと言われれば、そうではない。お弁当をひっくり返され健気に涙を流す可憐な少女。けれど自分の芯をきちんと持っている、純粋で良い子なのだ。


(みんながハッピーエンドに進むためには、クロエがウィル以外のルートに進んでもらうことだけど……)

 

「ジーク様やディラン様はいかがですか? 廊下でぶつかったり、落としたハンカチを拾ってあげたり、クロエに一目惚れしちゃったとかありませんか?」

 

「可愛い見た目の子だとは思うけど、興味ないかな。……俺はもっと好きなことに真っ直ぐで、心配になっちゃうくらいお人好しな子が好みだよ?」

 

「俺も光の編入生とはまだ関わりはないが。……何か問題でもあるのか、アイリス嬢」

 

 ジークが微笑む横で、ディランが不審そうに眉をひそめるのでアイリスは苦笑いを零してしまう。

 

(誰もヒロインであるクロエと、出会いイベントを発生させていないということが問題かも……)


 まだウィルバートとクロエが結ばれてしまう可能性が、ゼロではないということ。せめてジークかディランのどちらかと、出会いイベントだけでも起きてくれれば――

 

(いっそイベントが発生するように誘導してみようかな……)

 

 なんてアイリスが思考を巡らせていると。

 

「……アイリス嬢、私には聞いてくださらないのですか?」

 

 心なしか普段よりも温度の低い声が頭上から下される。


 見上げると、ルイスがアイリスの目の前の机に片手を突き、上品な微笑みを浮かべている。けれどその青い瞳は、冷たくアイリスを見据えていた。


(今日のルイス様、なんだか少し不機嫌そう。もしかして一人だけ話を振られなかったから拗ねてる?)


 アイリスがルイスに話を振らなかったことには、至極全うな理由があった。

 

 アイリスは前世でルイスルートをクリアできていない。それどころかルイスルートに入ることすらできていない。口コミでも、難関だと嘆くヒロイン達の声が数多の、ほぼ攻略不可能なキャラクターとして、聞く必要はないと考えてしまったのだ。


「……ルイス様は、クロエとお話しされましたか?」


 アイリスは珍しく不機嫌なオーラを隠さないルイスに問いかける。


「ええ、話しましたよ。挨拶と学園の規則の案内を少々。彼女のクラス担任からも、生活面のサポートを頼まれましたので」

 

 ルイスは事も無げにそう言うが、それは他の三人よりも遥かに『進展が深い』関係のように聞こえた。


(もしかしてクロエは、ルイス様ルートに入ったの!? 最高難易度の隠しルートの攻略がまさかこんなところで始動していたなんて……!)

 

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