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22話 秘密は誰のため?


「貴方たち、一体どういう繋がりですの? 接点があるようには見えないのだけれど」


 正当な問いに、アイリスはギクリと肩を揺らした。

 

 ジークとは、ウィルバートと会う約束をした第二図書館の護衛として知り合った。

 

 けれど、その事実をありのまま説明してしまえば、必然的に『アイリスとウィルバートには繋がりがある』ということまで説明しなくてはならない。

 

 ウィルバートとアイリスは友人関係であり、やましいことは何一つない。けれど、ウィルバートを心から慕っているローズに彼との関係を知られれば不必要な不安を煽ってしまうかも。


 どう説明したものかとアイリスが必死に思考を巡らせ視線を泳がせると、隣に座るジークがアイリスに向けて悪戯っぽく片目を瞑ってみせた。

 

(もしかして、何か上手い言い訳を考えてくださるのかも)

 

 立ち回りの上手いジークだ。きっとこうした窮地を切り抜ける方便を持ち合わせているに違いない。アイリスは救いを求めるように、ジークへ期待に満ちた眼差しを向けた。

 

 けれど――彼の薄い唇から零れ出たのは、アイリスの淡い期待を木っ端微塵に打ち砕く言葉だった。

 

「実はウィルバート殿下とアイリス嬢は友人同士なんですよ。だから殿下の側近を務めている俺とも顔見知り、というわけです」

 

 あまりにも滑らかに、ジークは爆弾を投下した。アイリスは驚愕のあまり、勢いよくジークに目を向けた。頭が真っ白になり心臓が嫌に跳ね上がる。

 

「……ウィルバート殿下と、アイリスが……? ど、どういうことですの……!?」

 

 ローズの声が驚きと動揺で僅かに上ずった。彼女の綺麗な瞳が信じられないものを見るかのように、見開かれている。そんなローズを前にしても、ジークは涼しい顔でなおも言葉を続けてしまう。

 

「アイリス嬢の魔法への追求心に、殿下はご興味を持たれたそうで。時々、放課後に魔法の話で花を咲かせていらっしゃいますよ」

 

(この人……全部、何から何まで全部話した……!!)

 

 突然の裏切りにアイリスは半ば涙目になりながら、ジークの片腕を掴んで思いっきり彼を揺する。

 

「ジーク様……!! なんで貴方はいつも全部言ちゃうんですか!?」

 

「こういうのは早めに言っておいた方がいいって〜〜。後から妙な形でバレる方が、よっぽど面倒なことになるよ?」

 

「そうかもしれないですけど……!」

 

 だからといって心の準備もなしに唐突すぎる。もう少しローズとの信頼関係を築いてから、慎重に打ち明けるべきだ。


「ローズ様、違うんです……! いや、違わなくはないのですが……!」

 

 必死に弁解しようと言葉を紡ぐが、ローズは音もなく顔を俯かせてしまっていた。アイリスの方を見ようともせず、彼女の声すら耳に届いていないかのように、静かに指先を握りしめている。

 

(傷つけてしまったかもしれない。それとも怒らせてしまった……?)

 

 じわりと胸の奥に不安が広がっていく。

 

 そもそもウィルバートとの関係を隠していたのは、自分の平穏を守るため。ウィルバートとの交友を知られるということは、アイリスが必死に保とうとしていた『平穏な学園生活』を危険に晒すことと同義だ。


 ただアイリスは自分の保守ばかりを優先して、ローズの気持ちを少しも考えられていなかった。


(…………ちゃんと、伝えよう)

 

 彼女の反応が怖い。罵倒されるかもしれないと思うと、足がすくみそうになる。けれどそれ以上に、せっかく紡ぎかけた彼女との縁を、ここで裏切りたくはなかった。


「ウィルバート殿下と友人であることを、今まで黙っていて申し訳ありませんでした……」

 

 アイリスの静かな声に、ローズの肩が僅かにピクリと揺れた。

 

「殿下と友人だと周りに知られてしまったら、私の望む平穏な学園生活が壊れてしまうかもしれない……そう自分の都合ばかりを優先してしまい、関係を隠していました」

 

 一度深く息を吸い込み、アイリスは彼女の俯いた頭を真っ直ぐに見つめる。

 

「けれど誓って友人以外の関係なんかではありません。今の私の言葉なんて、信頼できないかもしれませんが……これだけは、信じてほしいです」

 

 アイリスの懸命な弁解が、静まり返った空間に溶けていく。長い沈黙の後、ようやくローズが顔を俯かせたまま、ぽつりと声を漏らした。

 

「……殿下とはいつから、お知り合いに?」

「幼い頃に偶然、数回だけ殿下とお会いしたことがあります。その後にこの学園で再会して……」

 

 ローズがゆっくりと顔を上げた。その鋭く美しい金の双眸が、射抜くようにアイリスを捉える。

 

「放課後にお会いしているというのは……二人きりで、ということですの?」


「違います!!」

 

 アイリスは遮るように、声を大にして否定した。

 

「殿下とお会いする時は、ジーク様や他の側近の方が必ず同席してくださっています! ですから決して二人きりでお会いしたことなどありません……!」

 

 どうか信じてほしい。その一心で、アイリスはローズの目を真っ直ぐに見つめ返した。やがてローズは小さく、けれど深い溜息を溢れさせた。

 

「はぁ……。もう、わかったわ。そもそも、殿下の交友関係にわたくしがとやかく言う資格なんてないもの。それに、アイリスが殿下と友人であろうとなかろうと、わたくしのやるべきことは変わらないわ」

 

 ツンと顎をそらしながらも、その言葉に棘はなかった。けれどすぐにアイリスを睨みつける。


「ですが貴女! 知り合いだったのなら、もっと早く言いなさいよ!!」

「ご、ごめんなさい……っ」

 

 許してもらえたのだと分かった瞬間、張り詰めていた緊張が弾け、アイリスの顔は自然と緩んでしまった。情けない声を上げながら頭を下げる。

 

「ちょっと、何を笑ってらっしゃるの?」

 

「……許していただけたことが嬉しかったのもありますが、殿下と知り合いだということを初めて自分から誰かに打ち明けたので。それをこうして、受け入れてもらえたことが……なんだかとても嬉しかったのだと思います」

 

 自分の感情を確かめるように、アイリスはそっと胸元に手を当てた。その言葉は、偽りのない本心だった。

 

 隠し事という名の薄暗いヴェールを剥ぎ取り、等身大の自分として相手に向き合えた安堵。誰かに自分の秘密を肯定されることが、これほどまでに胸を温かく満たすものだとは知らなかった。

 

 安心しきったアイリスの様子を見て、ローズは何か言いたげに眉を寄せたものの、結局はフンッと鼻を鳴らして興味なさそうな振りをしながら紅茶を口に運んだ。

 

「誤魔化すと思っていたけど……ちゃんと伝えられて偉いじゃん」

 

 それまで事の顛末を面白そうに眺めていたジークが優しげに灰色の瞳を細める。


 そしてまるで慈しむかのように、躊躇いなく長い手をアイリスへ伸ばし、そっと頭を撫でるのだ。アイリスの頭へと添えられたその掌は驚くほど温かく、彼女の心を穏やかに満たしていく。

 

「受け入れてもらえて良かったね、アイリス嬢」

 

 顔を覗き込むように見つめてくる、その優しくも甘い眼差しに、アイリスの胸の奥がくすぐったくなる。

 

 全部暴露された時はどうしようかと思ったが、結果としてこうして向き合うきっかけをくれたのは、紛れもなくジークだ。


 アイリスは嬉しさを隠せないまま、ジークに向かって満面の笑みを返した。

 

「きっかけをくれたジーク様のおかげですよ。ありがとうございます」

「あはは! そこは普通、恨み言を言うところじゃない? アイリス嬢ってほんとお人好し」

 

 感謝されるとは思っていなかったのか、ジークは一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐにあどけない笑みを浮かべた。

 

「………………コホンッ!」

 

 不意に、正面からわざとらしい咳払いが響いた。


「わたくしをお忘れではなくて?」

 

 ハッと我にかえり、アイリスとジークは同時に背筋を伸ばす。ジークはアイリスの頭を撫でていた手を離すと、少しだけ気恥ずかしさを紛らわせるようにして自身の紅茶を一口含んだ。

 

「……え〜本題ですが、ウィルバート殿下がアイリス嬢を気に入ったのは、彼女に『夢中になれること』があるからですよ。殿下は何かに向かってひたむきに努力をしている方に、とても興味を惹かれやすいので、ローズ様もご自身のそういった一面を、殿下にアピールしてみてはいかがでしょうか?」

 

「殿下にお見せできるような、誇れるものなんて……わたくしには……」

 

 いつもの高飛車な彼女からは想像もつかないほど、弱気で切ない呟きだった。そんな彼女の背中を少しでも押したくて、アイリスはテーブルに身を乗り出すようにして声を弾ませた。

 

「この美しいバラ園がありますよ! ここに殿下を招待してみるのはいかがでしょう?」

 

 アイリスの言葉に、ローズは弾かれたように顔を上げる。これほど見事に手入れされたバラの庭園を維持するのは、並大抵の努力ではない。彼女が秘めているその情熱こそが、何よりも美しい輝きを放っているのだとアイリスは確信していた。

 

「なっ!? こんなところに殿下をお呼びするなんて、できませんわ!!」

 

「素敵な場所ですよ。ここはローズ様が丹精込めて、大切に育ててこられたバラ園です。それに殿下は魔法への造詣も深いので、ローズ様がどのような術式を使ってこのバラ園を維持しているのか、その魔法のお話をすれば殿下はもっと興味を示されるはずですよ!」


 アイリスの言葉に、ローズは金色の瞳を丸くした。けれど再び顔を曇らせる。


「わたくしの魔法は、土属性で貴族らしい華やかさなんてないわ。いくら殿下が魔法への造詣が深いと言っても、こんな地味な魔法……お見せできませんわ……」

 

「そんなことありません! ローズ様の魔法は貴女の努力や工夫の伝わる素晴らしい魔法です。それに貴女の慕う殿下は、属性や魔力量で相手を蔑むようなお方ではないでしょう? そんなことをする方ではないと、ローズ様が一番ご存じなはずでしょう?」


 アイリスはローズの手を両手で握りしめ、真っ直ぐに金色の瞳を見つめた。すると彼女の瞳は戸惑うように小さく揺れるが、アイリスの瞳から逃げることはない。


「……ええ。ええ、そうですわね! 殿下は寛大で素晴らしい方ですわ! わたくしのバラ園も殿下にお見せしないのは損失というものです」

 

 いつもの自信に満ちた笑みを取り戻したローズは、勢いよく立ち上がる。


「そのいきですよ! ローズ様」

「あはっ、これは面白いことになりそう」

 

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