18話 お詫びの魔法薬
翌日の放課後。アイリスは再び学園の北側にある、小さなバラ園へと足を運んでいた。
緊張した表情をしている彼女の片手には昨晩、調合した魔法薬の入った小瓶が握られている。これは昨日のお詫びにと、ローズへ渡す予定のものだ。
バラ園の入り口を抜け甘い香りの漂う奥へと進むと、そこに赤色の縦ロールが美しい令嬢――ローズ・ブラッドレイの姿があった。
昨日の今日ということもありローズはアイリスの姿を見つけた瞬間、バッと音を立てて扇を広げ金色の双眸を鋭く尖らせた。
「貴女は昨日の……。懲りずにまた来たのかしら。良い度胸ですこと!」
高圧的な口調で威嚇するローズに対し、アイリスは一歩進み出て丁寧に一礼した。
「ローズ様、昨日は覗き見をするような不敬な真似をしてしまい、申し訳ありませんでした。それに、このバラ園に勝手に入り込んでしまったことも、重ねてお詫び申し上げます」
「……なぜ貴女がこのバラ園に入ったことまで謝罪するのかしら? ここはただの寂れた庭園ですのに」
「こちらのバラから、ローズ様の魔力を感じたからです」
顔を上げてそう言ったアイリスに、ローズは訝しげに眉をひそめる。けれどアイリスはそんなことを気にしないまま、周囲に咲き誇る見事なバラを見渡し淡々と話を続けた。
「このバラ、魔法で成長を早めていますね。それだけではなく、美しさを保つため土にも術式が組み込まれています。花を咲かせる魔法は簡単ですが、美しさを維持する魔法は魔術学はもちろん、植物への知識も必要です。きっとローズ様が自ら学んで、大切に育てられている特別な場所なのだと感じたのですが……違いましたか?」
「なっ……!?」
図星だったのか、ローズは目を見張ると扇の隙間から顔を真っ赤に染め上げた。
「……ふ、フンッ! そうですわ。わたくしが手塩にかけて育てたバラですわ。ですが! それを分かっているのなら、なぜ貴女はまたここに――」
「こちらをお渡ししたかったんです」
アイリスは自身で配合した魔法薬の入った小瓶を両手で彼女へ差し出すと、ローズは怪しむようにその小瓶を凝視する。
「なんですの? これは」
「これは私が配合した虫除けの魔法薬です。ローズ様の土の魔力属性にあわせ、バラの根を傷めずに害虫だけを退けるよう配合してあります。昨日のお詫びとして、受け取っていただけないでしょうか」
最後の一押しと、アイリスはもう一度頭を下げる。
「…………ふーん、まあ仕方がありませんわね! この薬に免じて、昨日の無礼を許して差し上げますわ」
「寛大なお心感謝いたします……!」
ローズの了承にアイリスはホッと胸を撫で下ろす。許してもらえたことだし、さっさとこの場から立ち去ろうと「では、私はこれで」と、出口へと足を進めようとする。
「お待ちなさい」
けれど、ローズに呼び止められアイリスは石のように動きを止めることとなった。ギギギっと苦い音を鳴りそうなほど、固い身体を捻らせ振り返る。きっと今のアイリスは顔が真っ青になっているだろう。
(まさかお詫びの品が足りなかった!? でもこれ以外に差し出せる物はなにも――)
「貴女、お名前は」
「メルヴィル伯爵家のアイリスと申します…………」
「アイリス・メルヴィル? たしか学年成績が上位だったわね」
「勉強だけが取り柄でして」
「ふーん、まあそんな事どうでも良いわ。わたくしはブラッドレイ侯爵家の令嬢。たかが伯爵家の小娘に無償で魔法薬を受け取ったとあっては、我が家の名がすたりますわ」
「いえいえ、ほんと気にしないでくださ――」
「貸しを作ったままでは、わたくしのプライドが許しませんの。ですから、このわたくしがお茶をご馳走して差し上げますわ!」
ローズがパチンと指を鳴らすと、木陰に設置されていた白を基調とした優美なガーデンファニチャーへ、お付きの侍女が手際よく紅茶と高級そうなお菓子を並べ始めた。
遠慮しようとするアイリスの言葉は通らぬまま、一瞬で煌びやかなお茶会の場が設けられる。その場で呆然としていたアイリスにローズは「さっさと座りなさい」と急かすように声をかけるので、アイリスは遠慮がちに椅子へと腰を下ろした。
「流行りの茶葉を使用した紅茶よ。まさか、わたくしのお茶が飲めないとでも言うのかしら?」
「ま、まさか! いただきます」
アイリスは自身の目の前にある、薄いピンク色の紅茶を一口、喉へと流し込む。
「わ、美味しい……!」
ほのかな甘みと爽やかな酸味のある、ローズヒップティーに近い味わいだ。香りもよく飲みやすい。
ローズも「フン! 当たり前よ」と、素直じゃない言葉を零すけれど、その自信に満ちた表情がどことなく嬉しそうに緩んでいるようにも感じた。
バラの香りに包まれる中での時間は思った以上に心地よく、いつの間にかアイリスの緊張もほぐれていき、互いに魔法薬の効能やバラの栽培の話しを交えていく。
ローズの張り詰めていた肩の力が、少しずつ抜けていくのが分かったとき、ついアイリスは気になる事を聞いてみる事にした。
「……あのローズ様は、ウィルバート殿下の婚約者候補なのですよね?」
「ええ、そうよ。けれど殿下は、未だ婚約者を選ばれませんの。噂では忘れられない『初恋の相手』を今でも探していらっしゃるのだとか……。ま、まあ? 最後には、このわたくしが選ばれるに決まっていますけれど!」
一瞬、ローズは悩ましげにカップの中で揺れる紅茶へ視線を落とす。その瞳には彼を慕う色が見える。利害の一致による政略結婚ではなく、心から彼を慕っているような――けれどすぐに、見慣れた自信に満ちた表情へと移り変わってしまった。
「ローズ様はウィルバート殿下を、きちんと愛されていたのですね」
アイリスが口に出した瞬間、ローズの顔が真っ赤に染まる。眉を吊り上げ、目を見開く。そして何か口篭るように唇を震わせて。
「…………当たり前ですわ、なにか問題でもあって?」
照れたように金色の瞳を逸らし彼女は意外にも、素直に認めたのだった。




