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16話 ジークの隣で


 放課後。アイリスは広大な学園内を、あてもなく歩いていた。


 普段であれば、放課後は第二図書館へ向かうところだが先日ルイスと共に発見した『秘密の地下書庫』の処理が行われているため数日間、立ち入りを禁じられている。


 せっかくなら学園内のまだ見ぬエリアを探索しようと考え、普段はあまり立ち入らない学園の北側へと足を進めた。


(あまり手入れはされていないけれど、静かで良いところ……)

 

 心地よい風を感じながら、落ち葉の上を歩く。そんな穏やかな一人探索――しかしそれは唐突に終わりを告げる。


「アイリス嬢、こんなところで何してるの?」

 

 頭上から降ってきたゆったりとした声に、アイリスは思わず肩を跳ね上げて振り返った。


 そこにいたのは、ウェーブがかったグレージュの髪をした青年――ジークだ。

 

 灰色の瞳を細め、あどけなさと妖艶さを兼ね備えた笑みを浮かべてこちらを見下ろしているがアイリスはそんな甘い笑みに反応している余裕などなかった。


「びっ……くりした……!」


 アイリスが完全に油断していたということもあるが、声をかけられまで気配を全く感じなかった。それどころか、地面を埋め尽くしている枯れ葉を踏む音すら、聞こえなかったのに。


 だからこそ平然とアイリスの隣に並びニコニコと愉しげな笑みを浮かべているジークが、いつの間にアイリスの隣へやって来たのか不思議で仕方がなかった。


(……ん? 愉しげな?)


「………………ジーク様」

「なぁに、アイリス嬢」

「もしかして……ワザと気配を消して声をかけられましたか?」

 

「あはは! バレちゃった?」


 ジークは悪びれもせず喉を鳴らして低く笑った。その涼やかな声が、静かな並木道に心地よく響く。

 

「やっぱり……! 心臓に悪いので本当にやめてください……! というかいつから後ろにいらしたのですか!?」

 

「え〜〜? 君が校舎の裏口から出て来たところからだよ。あはっアイリス嬢ってば全然気づかないんだもん。思わず声かけちゃったよ」


 アイリスが校舎を出てから、既に十分近くは経っている。そんな時から後をつけられていたなんて、思いもよらなかった。

 

「ここまで気づかないなんて、ちょっと心配だな。それにこんな人けの少ないところを、女の子が一人で歩いちゃダメだよ」

 

「……はい」

 

 後をつけていた人にそんなことを言われたくはないが、ジークのもっともな正論にアイリスは曖昧に頷いた。

 

「それで、どこに行くの?」

 

「ただの学園内の探索ですよ。特に目的があったわけでは……って、どうして当然のように隣に並んで歩き出しているんですか?」

 

「え〜ダメだった? けど人けも少ないしさ。一人じゃ危ないって」

 

 アイリスの歩幅に合わせながらジークは軽やかな足取りで隣に並ぶが、アイリスは迷うように視線を泳がせた。

 

 平穏な学園生活を送りたい彼女にとって、ジークと学園内を並んで歩くことはやっぱり避けたい。

 

 そもそも以前、ジークと外出した際、学園の裏門から馬車に乗り込むところを令嬢に目撃されたことがあった。その事が原因で、授業中に嫌がらせを受けた前科まである。


 けれどあれ以来、嫌がらせは受けていないが、それはルイスが正式に彼女たちへ罰を与えたからだろう。

 

 だが油断は禁物。今はほとぼりが冷めているだけで、また変に誤解され炎上するのはごめんなのだ。


「ジーク様と並んで歩くのはちょっと……」

「どうして? 嫌?」

 

「私は波風をたてず平穏に学園生活を送りたいので、ご令嬢に人気なジーク様と並んで歩いて変に誤解されたくないというか……」

 

「そのことなら大丈夫だよ。俺は魔力探知が得意だから、誰かが近づいてきたらすぐに気づくし、もしもの時は隠れてあげる」


 「だから問題ないよね?」とジークはニッコリと微笑んだ。それならばと了承をしかけるが、一つ疑問がある。彼はなぜ一緒に来るのだろう。

 

 たしかに人けがなく一人では危ないのかもしれないが、ここは学園内だし、もしアイリス自身に何か起こったとしても彼には関係のないことだ。


「……もしかして、ウィルに第二図書館以外でも私の護衛をするようにと頼まれたのですか? でしたら本当に必要ありませんよ。私は魔力が平均でも防御魔法や攻撃魔法も使えますから、魔獣が出たとしても一人で対処できます」


 ジークはお調子者で軽そうに見えるが、ウィルバートの言う事だけは大人しく従っている。だから今回もきっと彼に頼まれたのではないかとアイリスが問いかけると、ジークは呆れたように眉を下げて苦笑いを浮かべた。

 

「殿下にそんなこと頼まれてないよ」

 

 そう言って彼は一歩距離を詰めると、アイリスの顔を覗き込むようにして甘く微笑む。

 

「ただ俺が、アイリス嬢といたいだけ」

 

 ジークはそう言って、片手をアイリスの頭へと伸ばすと、かすかに髪へ指先が触れた。すぐに離れていった彼の手にはアイリスの髪に引っかかっていたであろう、赤い枯れ葉が摘まれていた。

 

「ついてたよ」

「……え? あ、ありがとうございます」

 

 ジークは葉の茎をくるくると指先で弄びながら、クスッと目尻を緩める。

 

 自分がそんなものを頭に乗せて歩いていたことや、一瞬だけ縮まった二人の距離にアイリスは一度フリーズしかけた。けれど縮まった距離は髪についていた枯れ葉を取るためで、先程の言葉もきっとアイリスを揶揄っているだけだろう。


「ほら、探索するんでしょ? 一人より二人の方がきっと楽しいよ」


 アイリスが安堵し胸を撫で下ろしていると、ジークはそんなアイリスを見て呆れるように笑う。そしてアイリスへと振り返り、促すように手を差し出した。

 

(いいのかな……ジーク様の隣を並んで歩いても――)


 アイリスは、いつも、人の目を気にしていた。それは『モブだから』という心構えが、昔から根付いているから。


 背景と同化するモブらしく、地味で目立たない立ち振る舞いを心がけている。故に他人に注目されていないかを、いつも気にしていた。

 

 視線が集まっていなければ、正解。

 視線が集まると、不正解。


 学園内でジークと並んで歩くなんて、考えなくても不正解だとわかる。けれどこの場所は人けがなく、アイリスとジークしかいない。


 今は誰にも見られていない。ただ彼の瞳だけが、優しくアイリスを見つめているだけ。


「……そう、ですね。その方が楽しそうです」


 一人で探索することも好きだ。けれど誰かと雑談を溢しながら、歩くのも、きっと楽しい。

 

 アイリスは止めていた足を一本前へと進め、ジークの隣で枯れ葉の上を歩き始めた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

次回、新キャラクターの登場です!


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