13話 氷の王子様(1)
休日。アイリスは魔法街の一角にある魔法具店から足を踏み出した。
その腕にしっかりと抱えられた小袋には、ずっと探していた目的の品が収まっている。望み通りの上質な魔法石を買い求めることができた喜びから、彼女の足取りは自然と弾んでいた。
「――おや、アイリス嬢?」
不意に頭上から降ってきたのは、聞き覚えのある声音。驚いてアイリスが顔を上げると、そこには見紛うはずもない人物が佇んでいた。
「え……ルイス様!?」
アイリスの視界に飛び込んできたのは、学園で見せる完璧に整った姿とは少し異なる、どこかラフな色気を孕んだ彼の佇まいだった。
上質な仕立ての宮廷魔法使い専用ローブ。その下に覗く白いシャツは首元が緩められ、第二ボタンまで外されていた。いつもは崩さずに制服を着こなしている生徒会長が、今は気だるげにその美しい鎖骨を覗かせているのだ。
そのあまりにも無防備で男性的な姿に、アイリスの心臓が跳ねる。そして途端に目のやり場に困ってしまい、視線を泳がせた。
「アイリス嬢は、お出かけですか?」
「は、はい! 魔法石を買いに。ルイス様は……任務帰りですか?」
アイリスはなんとか動揺を隠しながら、彼が身に纏う格式高い宮廷魔法使いのローブへと視線を向けた。
「はい。先程、任務を一つ済ませたところです。次の任務まで少し時間が空いたので、ウィルに頼まれた品を買いに『魔法のアロマキャンドル専門店』へ向かう途中ですよ」
そう言って微笑むルイスを見上げ、アイリスは内心で呆れと尊敬の混じった溜息をついた。
学園の生徒会業務だけでも多忙を極めるというのに、宮廷魔法使いの見習いとしての任務までこなし、その上でウィルバートの買い物まで引き受けているのだ。相変わらず、引いてしまうくらいお忙しそうな方である。
「魔法のアロマキャンドル専門店、ですか?」
「ええ。ご興味があるのでしたら、貴女も一緒に行ってみますか?」
正直、とても気になる。ルイスの多忙さと同じくらい、その専門店にアイリスは興味があった。けれどルイスの隣を歩いて、もし同じ学園の生徒に見つかってしまったら……ジークと出掛けた時みたいに妬みを買ってしまうかもしれない。
アイリスが頭を悩ませている横で、ルイスは彼女の懸念を知ってか知らずか愉しげに微笑んでいる。悩んだ末、結局アイリスは好奇心に抗えず、その誘いに乗ることにした。
「今日は隣を歩いてくださるのですね。私はまた、貴女の手に魔法をかけなくてはならないのかと案じておりましたが、杞憂でしたね」
「学園の外ですから気にしなくてもいいかなと。…………あれ? ちょっと待ってください。また魔法をかけるって、まさか断る余地が初めからなかったということですか?」
「ふふっ、まさか。貴女にも予定はあるでしょうし断られたのに連れて行こうだなんて、物騒なことしませんよ。……ただ受けていただいたにもかかわらず、また隣を歩いてくださらないのなら魔法をかけていた、というだけの話ですよ」
十分、物騒なように聞こえるのは、気のせいではないはずだ。
むしろ前回よりもハードルが上がっている。『秘密の地下書庫』を二人で見つけ時、彼にかけられた魔法は『三メートル』以上離れると強制的に引き寄せられる、という魔法だった。けれど彼は今『隣』と言っていた。アイリスの知らぬ間に、魔法の制約が変わっている。
抜け目のない人だ……そうアイリスが疑うような眼差しを向けながら、賑わう魔法街を並んで歩いていると、ふとルイスが彼女の手元へと視線を落とした。
「それで、アイリス嬢はどんな魔法石をお買いに?」
「よくぞ聞いてくださいました! 実はこの魔法石が欲しくて……」
先程の怪しむような表情から一変。アイリスは嬉しさを滲ませながら、鞄の中からそっと魔法石を取り出してみせた。
それは属性を持たない透明の魔法石だ。濁りのないガラス細工のように美しいが、同時に少しの衝撃で砕けてしまう繊細な性質を持っている。
「この魔法石は万能ですから、術式の構築を試すのに使おうかと思っているんです」
「無属性の魔法石ですか。濁りもなく良い状態の魔法石ですね」
「そうなんです! これを見つけた時は本当に運が良いなと思って――」
アイリスが両手の上に乗せた魔法石を見つめ声を弾ませた、まさにその時だった。背後から、タタタ、と小さな足音が響いたかと思うと、アイリスの背に柔らかな衝撃がぶつかる。
「わっ!?」
走ってきたのは、小さな女の子だった。バランスを崩したアイリスの手から、無属性の魔法石が滑り落ち――
パリン、と硬質で悲しい音が石畳に響く。
地面に落ちた魔法石は砕け、その透明な輝きが効果を失ったように灰色の半透明の石へと変色してしまったのだ。
「わ! あ、ごめんなさい……お姉さん」
ぶつかってしまった女の子は大きな瞳に涙を溜め、今にも泣き出しそうに俯いた。
せっかく手に入れた魔法石が壊れてしまったショックは小さくなかったが、アイリスはそれ以上に目の前の小さな少女の心が傷つくことのほうが嫌だった。
アイリスはすぐにその場へ屈み込み、女の子の目線に合わせて優しく語りかける。
「大丈夫ですよ。私も周りが見えていませんでした。貴女も怪我はない?」
「わ、わたしは大丈夫。だけど……」
女の子はチラリと、足元に散らばった灰色の破片を見つめた。砕けてしまった魔法石は、もう使えないが砕けた石の奥にはまだ、微かな無属性の魔力が灯火のように残っている。
アイリスはその破片を拾い集め、自身の両手の上に乗せた。そして不安げにこちらを見つめる女の子に向かって「見ていてね」と微笑みかける。




