14話 氷の王子様(2)
アイリスは手のひらの破片に自身の魔力を灯し、優しく息を吹きかけた。吹き込まれた風に誘われるように、灰色の石はその身を削りながら眩い光の粉へと姿を変えていく。
それはまるで、真昼の街に舞い降りた星屑の雨のようだった。手のひらから溢れ出した幾千もの光の粒子が、柔らかな風に乗ってきらきらと宙を舞い躍る。
「わぁ……!」
「貴女もやってみて」
女の子の瞳が驚きと歓喜にパッと輝いた。そんな少女へ促すように、光の粒子が躍る手のひらを少女の前へと差し出した。
女の子は少し遠慮がちに、けれど精一杯にふぅ、と息を吹きかける。
再びキラキラと舞い上がる光の粒子に、女の子は声を上げて喜んだ。その顔には、先ほどまでの泣き出してしまいそうな不安は微塵も残っていない。
すると隣に並んでいたルイスが、しなやかな手を消えゆく光の粒子へと翳す。
彼の指先から放たれた魔力が、宙に漂う星屑たちを優しく巻き込んでいく。そして集められた光の粒子は、繊細で透き通ったガラス細工のような氷の小鳥たちを作り出したのだ。
氷の小鳥たちは女の子の周囲をくるくると楽しげに飛び回り、羽ばたくたびに美しい光の粒子を散らしていく。
そのあまりにも幻想的な光景に女の子だけでなくアイリスまでもが、子どものように目を輝かせて見惚れてしまった。
「可愛い! 氷の小鳥さん!」
「次はどんなものがいいでしょうか? 唱えながら息を吹きかけてみてくださいね」
声音を和らげながらルイスがそう言うと、女の子は夢中になって「えっとね、蝶々!」と声を弾ませ魔法石に息を吹きかけた。
光の粒子は再び舞い上がり、今度は煌めく氷の蝶となってひらひらと宙を舞う。
「わぁ……すごく綺麗ですね、ルイス様! 花びらとかも作れたりしますか?」
「貴女まで童心にかえってしまったのですか?……はぁ、まあ、いいですけど」
呆れたように肩をすくめながらも、ルイスは穏やかに目を細める。
アイリスが息を吹き込むと舞い上がった彼女の魔力が籠った光の粒子はルイスの魔力と混ざり合い、美しい氷の大輪を咲かせた。
それは触れれば溶けてしまいそうなほど儚く、宙でゆっくり回りながら氷の花びらを雪のように降らせていく。光と氷が織りなす舞踏は、彼女達の周囲をどこまでも美しく彩っていた。
やがて魔法石は完全にその身を崩し、光の粒子と共に綺麗に消え去ってしまう。けれどその場に残された輝かしい余韻に女の子とアイリスは心からの笑顔を浮かべ、ルイスはそんな二人を穏やかな眼差しで見つめ小さく微笑んでいた。
「お兄さん……絵本の中の氷の王子様みたいだった!」
そんな穏やかな微笑みを見上げた少女が、不意に満面の笑みでルイスにそう言った。
その予想外の言葉に、ルイスも驚いたようにぱちくりと目を見開く。珍しく動揺を露わにした彼の様子がおかしくて、アイリスの悪戯心が刺激される。
「氷の王子様ですって。お似合いですね」
(『氷の王子様』か……ルイス様は完璧で上品だけど、ちょっと意地悪だから、どちらかと言えば『意地悪な王子様』のほうがぴったりくる気もするけど……)
アイリスの無礼な内心を敏感に察知したのだろう、ルイスはアイリスに向けて、どこか不満げなジトりとした視線を送ってきた。
しかし彼はすぐに上品な笑みへと切り替えると、女の子の前で優雅に片膝を突きその小さな手を取る。
「……ありがとうございます、お姫様」
一挙手一投足があまりにも様になっており、本当に絵本から抜け出してきたかのようだった。不覚にもアイリスまで、そんな彼をかっこいいと思ってしまう。
その完璧な動作に、女の子はぽっと両頬を林檎のように染めて身をよじる。アイリスはそれを見ながら感心半分、揶揄い半分で声をかける。
「本当に格好いいですね、氷の王子様」
「……貴女は後で覚えておきなさい」
ルイスが上品な笑みのまま小さな声で仕返しを呟くと、女の子が今度はアイリスのスカートの裾をちょん、と引っ張って無垢な眼差しを彼女に向ける。
「お姉さんはね、光のお姫様なの!」
「………………え?」
「ふっ……」
今度はアイリスが完全にフリーズする番だった。顔を背け口元を手で覆ったルイスは、耐えきれないといったように肩を震わせ忍び笑いを零している。
お姫様だなんて、しがないモブ令嬢の自分には恐れ多い。何より気恥ずかしさが限界を突破し居た堪れない。
「さっきのキラキラも、すっごく綺麗だった!」
「んっふふっ、ほらお褒いただいていますよ、お姫様」
「…………そ、それは、光栄です。ありがとうございます」
アイリスが顔を真っ赤にして引きつった笑みを浮かべていると、遠くから女の子を呼ぶ母親らしき女性が駆けつけてきた。
女の子の母親は二人に何度も深くお礼を言い、そのまま女の子の手を引いて去っていった。アイリスとルイスは小さくなるその背中に向けて、並んで手を振りながら見送る。人波の中に親子の姿が消えたのを見届けると、ルイスは呆れたような心配の混じった視線をアイリスへと向けた。
「……まさか貴女が魔法を使うとは思いませんでした。学園では、あれほど魔力の消費量を気にして倹約家のように振る舞っているというのに。あんなに消費の激しい魔法を使うなんて」
「せっかくなら笑顔になってほしくて。それに実は少し下心もあったんです。あの子が少しでも魔法に興味を持って、好きになってくれたら嬉しいなって……だから張り切っちゃいました! ルイス様もご協力ありがとうございます」
そう言ってはにかむアイリスをルイスはどこか言葉を失ったように見つめていたが、やがて温かい溜息を零し優しく微笑む。
「まったく、貴女は……計算高いのかお人好しなのか分かりませんね。私達も目的の店へ向かいましょうか。……あぁ、そういえばアイリス嬢は『お姫様』でしたね。私のようなもので良ければ、エスコートでもいたしましょうか?」
クスクスと意地悪そうに目を細めて手を差し出してくるルイスにアイリスはジト目を向けた。
(揶揄って楽しんでる……? やっぱりルイス様は『意地悪な王子様』の方が似合っているな)
「ご遠慮いたします!」
「おや、それは残念」
素っ気なく断るアイリスの反応すら楽しむように、ルイスはまた喉を鳴らして笑うのだった。




