武器屋は短気
穏やかな日差しが馬車内を照らすと小さな小さなホコリがキラキラと光に反射し、まるで宝石のような煌めきを作り出す。
行き交う人達の楽しそうな喧騒も、まるで大きな舞台に花を与えているかのようだ。
私はそんな日常が大好きだ。
聞こえてくる何気ない言葉にもきっと始まりや続きがあり、それが幾重にも重なり何気ない1つの物語となる。
道端で会話する御婦人、店員と客のやり取り、顔見知りの気軽な挨拶、聞こえてくる会話全てが何千、何万もの何気ない物語となり世界に彩りを加える。
世界は物語に溢れているのだ。
そんな光景に心を暖かくしながら私は思うのだ。
うちの駄馬さっきからうるさい。と
貴様の好きなニンジンとか知らん。
好みの雌の尻のタイプとか、この世の中で1番いらん情報だわ。
口を縫うぞ。しばらく黙ってろ。
人が心清らかに世界の尊さを感じているのに邪魔するんじゃない。
ビンタするぞ。強めのグーでビンタするぞ。
駄馬の右頬と左頬、どちらにグーでビンタをしてやろうかと考えながら馬車に揺られていると、武器屋前で何やら大きな声で会話をしている集団に気付く。
「俺の知識が間違ってるって言うのかよっ!」
そう大きな声を出したのは、またしても黒目黒髪君だ。ホントに良く飛ばされてくるな異世界人。あれなの?1匹いたら何十匹もいると思えっていう黒いヤツの親戚かなんかなの?
大きな声で詰め寄られているのは、金髪青目のイケメン君だ。
何やら大きな声を出している黒髪を落ちつかせようと冷静に対処している。
「そうだね。残念ながら君の知識は少し誤解があると言わざるを得ないんだ。」
そう冷静に話す金髪は決して相手を馬鹿にしたような感じではない。
ふとそんなやり取りが気になった私は彼らの会話が聞こえる向かい側のカフェへ馬車を停めてもらう。
決して暇だから野次馬根性丸出しな訳ではない。これも使徒としての立派な行いなのだ。
「チーズケーキとコーヒーください。」
迷う事なく注文した私は、勿論この店の常連だ。例のおねしょ疑惑のお店ではない。あのお店はあと2カ月はいかない。暫くはほとぼりを冷ます必要があるのだ。疑惑だけども。
そんな事を考えている間にも彼らの会話は続いている。
因みに黒髪君の後ろには、同じ背丈の緑髪が1人、小さな女の子が1人、金髪君の後ろには筋肉男が1人、斥候っぽい猫族の女性が1人お互い向き合い話しをしている。
「じゃあ、俺が読んだ異世界ものが嘘書いてたって言うのかよっ!」
でた異世界信者。
「いや、その物語が何を書いてたのかわからないから私には判断出来ないよ?でもクロスボウが金属鎧を貫通するっていうのは正確ではないんだ。」
金髪君は的確な回答をしている。
異世界もの、だいたい領主転生とかで良く出てくるクロスボウ量産で戦力大幅向上ヒャッホー。
うん。間違ってはない。間違ってはないんだけど、クロスボウ=強い武器とはならない。
クロスボウは弓兵の数を弓の扱いの有無に関わらず増やせる道具。というだけだ。
弓兵というのは実はものすごい技術職なのだ。弓引いて放つだけとかそんな簡単な物じゃない。鎧や獣の急所を狙い撃つ技術、弓を放つスピード、取り回し技術、どれを取っても一朝一夕とはいかない。
そんな技術職を精密射撃は出来なくても、数揃えて面制圧で足止めできたら良いな的な武器なのだ。
決してクロスボウで敵をバッタバタとなぎ倒せる道具ではない。
確か普通のサイズのクロスボウだと普通の弓と同じ強さくらい、これはクロスボウが引ける弦の長さが短い為に起こるジレンマだ。じゃあクロスボウをいっぱい引ける長さにしたら良いじゃんっと思われるが、それをするとクロスボウが大型化して一般人を気軽に弓兵にという利点を殺す。
じゃあ既存の弓兵にクロスボウをとなると、それをやるんだったら弓の張力を上げた方が断然コストは掛からない。クロスボウに拘る意味が無くなるのだ。
そんなことをつらつら考えていると武器屋の扉がバンっと開く。
「お前らうちの店の前でうるせぇんだよっ!埋めるぞこの野郎っ!」
出てきた店主は武器屋に相応しいドワーフ族だ。
うんうん。武器屋はドワーフ族だよね。と納得していると、店主は自分の店の前で営業妨害している集団に文句を言っている。
「おいっ!黒髪のガキっ!クロスボウはな、素人が手間なく矢を放てる様になるだけの武器だっ!普通サイズのクロスボウじゃ鎧を貫通なんてしねぇっ!」
そりゃそうだ。生身ならまだしも、鉄の板とか貫通する訳ない。
「鎧を抜けるクロスボウもあるにはあるが、使い手を選ぶ。ベテラン弓兵が状況によって使うかも知れねぇ代物だ。おめぇが考えてるみたいに後ろのちっちゃい嬢ちゃんが使える代物じゃねぇよ。」
なんだ。黒髪は後ろにいる女の子にクロスボウをって思ってたのか。
まぁ選択肢としては無くは無いのかな。
「そもそも矢ってのは余程の場所に正確に当てなきゃ即死はしねぇ、移動の阻害、牽制に使われるもんだ。だから弓兵には速射の腕が求められる、クロスボウってのは量あってこそ威力を発揮するもんだぜ。」
誠にそのとおりでござる。店主が言う速射とは同じ場所に一定のスピードで連続して矢を射ることである。それが出来て初めて敵に甚大な被害を与えられるのだ。矢1本食らったら即死してくれる敵なんてそうそういない。クロスボウを巻き上げてる間に距離詰められておしまいだ。
だからこそ質より量で面制圧なのだ。
そんな店主の言葉に黒髪はごにょごにょと言っている。
「だって俺が読んだ異世界ものにはそう書いてなかったし。」
知るか。だいたい異世界ものにも良し悪しあるだろうが。クロスボウの有用性についてちゃんと書いてあるのもあるわ。お前が読んだのは違っただけだ。
「知るかっ!此処はお前が読んだ異世界の中じゃねぇっ!てめぇの目と耳で確認してから来やがれっ!」
うむ。店主に拍手を送りたい。
「それと金髪っ!他所のパーティーにあれこれ口出してんじゃねぇっ!誤った情報でコイツらが危険な目に遭わないようにって気持ちは理解するが、それでもうちの店の前でやるんじゃねえっ!」
店主からの説教に金髪は素直に頭を下げている。
「すみません。彼らの話しが聞こえてしまって、とても他人事とは思えなくてつい…」
なんと良いヤツだ。イケメンなのに良いヤツとはきっと性癖が歪んでいるに違いない。きっと夜な夜な特殊なプレイに興じているのだろう。
そんな事をふんふん考えていると、店主はこちらを見て声を上げる。
「あと、さっきからそこで野次馬してるヤツっ!見てんなら声掛けてなんとかしろよっ!」
店主はこちらをビシっと指差している。
私は右をみて、左を見て、更に後を見てみる。知り合いでもいるのか?
正面を見ると武器屋前にいる全員がこちらを見ていた。
「あんただよっ!使徒様っ!」
なんだ私かよ。




