ランチはだいじ
何故か右手に噛み付いてきたオオカミと歴史に残るような死闘を繰り広げた私は何事もなく無事に食品通りのカフェでランチにありつけた。
領収書を貰うのを忘れてはいけない。たかが1食、されど1食なのだ。
朝食を抜いたからか、いや元々美味だったであろうランチを食べ、私はそのまま近くにあるコーヒーショップへと入る。
食後にはコーヒーだ。ランチのセットのドリンクは敢えてコーヒーにしないタイプの使徒なのだ。
馴染みの店員さんに「いつもの」と頼むと通りが見渡せるテラスへと進む。
都会っ子だ。常連中の常連の所業に、おら都会さ初めて来ただとなっているお登りさんは目を見張ったことだろう。
「お待たせしました。」
店員さんはカップと伝票を置き下がる。これだ、常連なのに無駄なお喋りはしない、ここで毎回会話があるから常連と思っているヤツは二流なのだ。喋る時は喋る、喋らないときは喋らない。そういった阿吽の呼吸があるからこそ一流の常連なのだ。常連のプロだ。キングオブ常連といっても過言ではないだろう。
陶器のカップを手に取り、通りを歩く人達を眺めながら一口。
うん美味しい。
………。
余韻に浸りながらもう一口。
…………。うん。
ミルクだ。なんならホットミルクだ。甘めのホットミルクだ。
あれ?私の「いつもの」はホットミルクだっただろうか?
ひょっとしてお店を間違えたかなと周りをチラリと見る。ここでびっくりしてキョロキョロしてはならない。なぜなら私はキングオブ常連なのだから。
うん。コーヒーショップだ。
いや、そもそも「いつもの」でホットミルク出てきたらドン引きだ。
きゃっ!この人きっと常連だわ、素敵っ!ってなっているイメージがホットミルクで爆笑に変わる。
「いつもの」ってカッコつけたらマスターからいつものって何ですか?って言われるくらい恥ずかしい。
学校で先生の事お母さんって言っちゃったレベルの恥ずかしさだ。
更にここで問題だ。この純白のホットミルクが配膳ミスなのか、オーダーミスなのかだ。
もし配膳ミスならば、きっとこの素敵なコーヒーショップ内にいるであろう、幼子のホットミルクが届いていないに違いない。彼、もしくは彼女は親に連れられてコーヒーショップを訪れたのであろう。コーヒーなど飲めないからホットミルクなのだ。そんな幼子が配膳ミスによってホットミルクを飲めないなどあってはならない。
これは50:50だ。
しかし取るべき行動は決まっている。確認するしかないのだ。
もし此処で私が何事もなくホットミルクを飲み干し会計してしまえば、幼子のホットミルクは永遠に忘れ去られるであろう。幼子とホットミルクの決別となってしまうのだ。そんな50%にオールインはできない。
きっとふとした瞬間に思い出してしまうのだ、あれ配膳ミスだったらミルク届いてない人いるんじゃね?と。
そんな罪悪感とも何ともいえない感情を生み出す前に私はチラと配膳してくれた店員さんを見る。
茶色のハーフエプロンを身に着けた人族のお姉さんはコチラの視線に気が付き、私が軽く手を上げるとニコりと微笑みこちらへと来てくれる。まさに阿吽の呼吸だ。常連マイスターの所業だ。
「何かございましたか?」
微笑み告げてくれる彼女を見ながら、コミュ力3万の私は彼女へと問う。
「あ、あ、あの、コ、コ、コレ、ホットミルクなんですけど。」
流石のキングオブ常連いや、常連マイスターの私でもコーヒーショップでホットミルクには動揺していたようだ。ホットミルクに混乱のデバフが掛かっていたに違いない。
私の脳内では、オーダー間違えてないかな?ひょっとして誰かホットミルク頼んだ人と間違えちゃってない?と間違いを指摘しつつ配膳ミスの可能性まで示唆する爽やかさで常連の余裕を見せつける予定だったのだ。
そんな私の言葉を受け、エプロンの似合うお姉さんは少し考える表情をした後で口を開く。
「あの。使徒様の飲み物はホットミルクにするようにとミリーさんが。」
……
彼女の言葉がうまく理解出来ない私を前に、彼女は更に口に手を当てて内緒話しをするように囁く。
「その。コーヒー飲むとおねしょしちゃうからと。」
…
そう告げると彼女はペコりと頭を下げてカウンターへと戻っていく。
私は彼女の言葉を理解するのに時間が必要だった。
いや理解出来なかった。
いやっ!おねしょしてないしっ!!
ミリーめ!何て事を言ってくれるのだっ!!
とんだ風評被害である!!
いや、もうこのお店来れないじゃんっ!
あいつおねしょしてるんだってー。ぷーくすくすっ。ってなるやんっ!!
あのお姉さんにおねしょしてませんって言っても、そーだねーっ。って生暖かい目で見られるに決まってるじゃんっ!!
あの悪魔憑きめっ!
祓ってやろうかっ!!!
絶対夜中にふくらはぎ攣る呪いかけてやるっ!!




