第6話 その契約、信頼を刻むにつき
「……これ、本当に俺たちの仕事なのか?」
リール商会の裏手にある空き家――
今は「湊石鹸工房」の看板が掲げられた場所に、六人の男女が集まっていた。
彼らはリールがギルドを通じて雇い入れた、駆け出しや負傷中の冒険者たちだ。
「おい、あんたが依頼主か?」
不信感を隠さないのは、装備を新調したい駆け出しのテオだ。
「俺はボルグ。グリフォンとやり合ってな、今は安静にしてろと言われてるんだわ」
隣には、足に厚い包帯を巻いた大男がいた。
「私はシビラ。治癒魔法で魔力を使い果たしちゃって、今は薬草代を稼がなきゃいけないの」
他にも弓の弦を新調したいルカ、修理代を稼ぎたい双子のカイルとミナが並んでいた。
「湊です、本日はよろしくお願いします」
湊が深々と頭を下げたとき、工房の前に一台の荷馬車が止まった。
「おーい、今日分の脂身を持ってきたぞ」
聞き覚えのある野太い声に、湊とイベリーが顔を見合わせる。
「カルスさん!?」
本来なら湊たちが引き取りに行く手はずだったが、御者台から降りてきたカルスは、手慣れた様子で脂の樽を運び込み始めた。
「おう、リールさんと『商売』として契約したんだ。なら、ここへ運び入れるまでが俺の仕事だ。金を受け取る以上、中途半端な真似はできねぇからな」
カルスはそう言って笑い、樽を並べていった。
「いや、礼を言うのはこっちだ。こんな余り物のゴミを『これは商売だ』って言って、しっかり買い取ってくれたんだからな」
湊は昨日、リールが語った『金銭が発生しない曖昧な取引は面倒の種になる』という言葉を思い出していた。
若くして大商会を切り盛りするリールの商売哲学は、職人のカルスにも確かな誇りを与えていた。
(……なんだか、文化祭の準備みたいだな)
湊は心の中で呟き、作業を割り振った。
怪我をしているボルグやシビラは「不純物の除去」。
元気なテオたちは「大釜の火の番」と「脂の撹拌」だ。
だが、この撹拌作業でトラブルが起きた。
「くっそ……重くて棒が回らねぇ! ……あッ、おい!?」
バキッ、という鈍い音と共に、テオが握っていた撹拌棒が折れた。
「あーもう! 棒が折れちまった! 代わりのは……これしかねぇ!」
テオは隅に転がっていた太いL字型の端材を掴んだ。
彼は横木に折れた棒の残りを固定し、その上からL字の端材を無理やり噛み合わせた。
延長した棒を回そうとした切羽詰まった苦肉の策だったが、テオがその端材をぐいと回すと、撹拌棒が滑らかに円を描いた。
「おい……軽い! 湊さん、これ、指一本で回るぞ!」
のちに『クランク』と呼ばれることになる機構が、現場の窮地と偶然から、この世界で産声を上げた瞬間だった。
「ふふ、賑やかね」
涼やかな声が響いた。
いつの間にか工房の入り口に、リールが立っていた。
彼女はしばらく作業風景をじっと眺めていた。
「…………なるほどね」
リールは短く呟くと、満足げに微笑んでそのまま静かにその場を後にした。
「よし、最後は型流しだ。イベリーさん、お願いします!」
ハーブの香りが混ざり、工房内は爽やかな香りに包まれた。湊は、格子状のすのこ棚の上に、百個もの木枠を並べた。
「これを一晩置いて、冷めたら刻印を打つ。……完成だ」
作業を終えた冒険者たちは、並んだ「未来の宝石」を満足げに眺めていた。
テオが代表して、リールに尋ねる。
「リールさん……明日もこの仕事、ありますか?」
「ええ、もちろんよ。この事業は始まったばかり。しばらくはこの工房で、あなたたちの力を貸してちょうだい」
リールの確約に、六人はこの日一番の笑顔で頷いた。
彼らが解散し、静かになった工房。湊は一人、夕闇が差し込む室内を無言で見渡した。
(……なんとかなったな。……明日には、もっと形になっているはずだ)
今日一日で生まれた不思議な一体感と、石鹸の確かな手応え。
明日への期待を胸に、湊は静かに工房の扉を閉めた。




