第57話 その偽証、孤独な設計者の足掻きにつき
冷たい石の床から伝わる底冷えで、湊は目を覚ました。
「……っ、痛ぇ……」
後頭部の鈍痛に顔をしかめながら身を起こす。
窓一つない薄暗い石室。
鉄格子の向こうには、松明の明かりと見張りの男たちの影が揺れている。
どうやら、どこかの古い砦か地下牢のようだ。
「起きたか、小僧」
鉄格子が開き、豪奢な外套を羽織った初老の男が入ってきた。
男の胸元には、東部の物流を牛耳る巨大ギルドの紋章が輝いている。
「俺は東部商業ギルドの長、クラインだ。お前がアルヴェアルの『道』を作った設計者だな?」
「……っ、あなたは……」
「安心しろ、殺しはせん。我々が欲しいのはお前の頭の中にある知識だ」
クラインは冷たい笑みを浮かべ、湊の足元に羊皮紙と羽ペンを放り投げた。
「あの灰色の道……『結合法』とやらを使った素材の作り方を、すべてここに書き記せ。そうすれば、手厚く待遇してやろう。だが、拒むなら……」
背後の男たちが、チャキッと剣の柄を鳴らす。
明確な殺意。
凑の心臓が早鐘のように打ち始め、喉がカラカラに乾いた。
「少し、時間をやろう。賢い選択をすることだ」
クラインたちが牢を出ていく。
一人残された湊は、冷たい壁に背中を預け、ガタガタと震える両腕を必死に抱きしめた。
リールさんの顔が浮かんだ。
彼女なら、すぐに見つけてくれる。
そう、信じたかった。
……だが、一刻、また一刻と壁の松明が燃え尽きても、牢の外から聞こえてくるのは、見張りの男たちの下品な笑い声と、剣を砥ぐ鈍い音だけだった。
(……来ない)
『リールさんは商人だ。』
『俺一人のために、全部を危険に晒したりしない。』
頭のどこかで、冷たくそう理解してしまった。
(……駄目だ。待ってるだけじゃ、殺される)
胃の腑がせり上がるような恐怖。
何か言わなきゃ。何か理由をつけて、時間を稼がないと。
ガチャリと、再び鉄格子が開く音がした。
クラインが戻ってきたのだ。
「さて、書けたか?」
「ま、待ってください……!」
湊は咄嗟に、白紙の羊皮紙を両手で隠した。
手は情けないほど震え、声はひっくり返っていた。
「こ、ここじゃ……作れないんです!」
「何?」
「あの『結合法』は、ただ土と水を混ぜればいいってもんじゃないんです! 特殊な……そう、石灰石を三日三晩、均一に焼き上げる『専用の高温窯』がないとダメなんです!」
「窯だと?」
「は、はい! 温度管理を少しでも間違えれば、水と反応した瞬間に猛烈な熱を発して……だ、大爆発を起こします!」
ただの出任せだった。
生石灰が水と反応して発熱するのは事実だが、爆発なんてしない。
だが、顔を真っ青にして必死に訴える湊の姿に、クラインの顔が僅かに引きつった。
「……本当だろうな?」
「う、嘘だと思うなら、適当な土で試してみてください! でも、その時は俺を遠ざけてくださいよ。巻き込まれて死にたくないので……!」
クラインは忌々しそうに舌打ちをした。
「チッ……。おい、こいつの言う通りに窯を作らせろ。だが、妙な真似をすれば即座に斬り捨てろ」
クラインが立ち去った後、湊は床にへたり込み、荒い息を吐いた。
全身から冷や汗が吹き出している。
(……言っちゃった。どうしよう)
少しだけ、時間は稼げた。
だが、ただ時間を稼ぐだけではジリ貧だ。
いつか窯は完成する。
湊は震える手で羽ペンを握り、窯の設計図を描き始めた。
わざと複雑で、建設に時間がかかる構造にする。線が歪んでしまうのを、必死に左手で押さえて誤魔化した。
(何か……俺の知識で……)
火薬の作り方なんて知らない。
(俺が知ってる危険なことなんて……。)
ふと、文化祭の準備の光景が頭をよぎった。
美術室で粉を舞わせて作業していた時、先生に「密室で粉を撒くのはやめろ、火がついたら爆発するぞ」と怒られた記憶。
(粉塵爆発……?)
本当に起きるのか? 小麦粉で?
うろ覚えだ。
温度も、粉の濃度もわからない。
失敗したらただ粉が焦げるだけで、俺は殺される。
いや、万が一上手くいきすぎても、自分が巻き込まれて死ぬ。
想像するだけで足がすくむ。
自分が攫われたことで、アルヴェアルの街がどうなっているのかは分からない。
もしかしたら、アピウスたちは自分を見捨てているかもしれない。
それでも。
彼らの顔が、湊の脳裏に浮かんだ。
(生きて帰るんだ。あそこが、俺の帰る場所だから……!)
湊はまだ知らない。
自分を探して、誰かが世界を敵に回していることを。




