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その知恵、世界の礎(いしずえ)につき ~現代知識で異世界を便利にしたら、女商人と共に世界の道理を書き換えていた~  作者: カミツキ
二人の魔王編

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第56話その飢餓、愚直な盾の誓いにつき

「飯を出せ! 俺たちの木札が見えねえのか!」


アルヴェアルの配給所の前は、一触即発の暴動状態に陥っていた。


数百人の労働者たちが、空の寸胴鍋を前に立ち尽くす配給係を怒号と共に取り囲んでいる。彼らの手には、工事用のシャベルやツルハシが、武器として握られていた。


「も、申し訳ねえ! リール様から『蔵を開けるな』と厳命が出てるんだ! 東部への馬車だけじゃねえ、この街の配給も完全に止められちまってる!」


配給係の悲鳴に、労働者たちの顔が絶望と怒りに染まる。


「ふざけるな! この『札』があれば毎日温かい粥が食えるって約束だったじゃねえか!」


「商会は俺たちを見捨てる気だ! どうせ王国の兵隊にでも攻め込まれて、俺たちを盾にして逃げるつもりなんだろ!」


泥をすすって生きていた彼らにとって、「飢え」の恐怖は何よりも強い。


一度は商会を信じ、新しい服を着て、真っ直ぐな道を作ってきた彼らだが、胃袋を満たすはずのシステムが停止した瞬間、元の「飢えた獣」へと戻りかけていた。


「もういい、蔵を叩き壊して中の麦を奪うぞ!」


「おおおっ!!」


血走った目をした男がツルハシを振り上げ、群衆が暴徒と化して配給所へ雪崩れ込もうとした、その時――。


ガァァァンッッ!!!


鼓膜を破るような激しい衝撃音と共に、暴徒たちの足元の石畳に、使い込まれた分厚い鉄のシャベルが深々と突き刺さった。硬い石が砕け、蜘蛛の巣状に亀裂が走る。


「……そこまでだ」


低く、地を這うような声。


突き刺さったシャベルから手を離し、丸腰の状態で群衆の前に立ち塞がったのは、アピウスだった。


「アピウスの旦那……! 邪魔するなら、あんたでも容赦しねえぞ!」


「俺たちを力でねじ伏せる気か! 腹が減って死ぬくらいなら、ここで戦って飯を奪う!」


男たちが武器を構え直す。


元勇者であるアピウス相手でも、何百という数の暴力で押し潰せると踏んだのだ。


だが、アピウスは足元のシャベルを一瞥もせず、両手を広げてみせた。


「ねじ伏せる? 馬鹿言え。わたしはとうの昔に、人を斬るための剣なんか捨てましたよ」


「……何?」


「今わたしが持ってるのは、この街を作るためのシャベルだけです。……いいか、よく聞け。商会があなたたちを見捨てたわけじゃありません。……湊が、(さら)われたんだ」


その名が出た瞬間、熱狂していた群衆の動きがピタリと止まった。


「湊様が……? 嘘だろ、あんなただの優しそうなガキが……」


「旧社会の悪党どもが、湊の頭の中にある『知識』を独占しようと誘拐したそうです。リールは今、湊を取り戻すために全商会の機能を止めて、世界中を脅しに行ってる。……ここ(アルヴェアル)の飯が止まったのは、そのあおりだ……」


アピウスは一歩、暴徒たちへ向かって歩み寄った。


逃げも隠れもしない、その無防備で真っ直ぐな瞳に、武器を構えていた男たちが思わず後ずさる。


「あなたたちは湊がどんな顔をして測量計を覗き込んでたか、知ってますか? 自分の引いた道で、誰かが損をするかもしれないって、夜も眠れずに泣きそうになりながら、それでも『あなたたちの明日を作るため』に杭を打ち続けてたんだぞ」


アピウスの怒声が、静まり返った広場に響き渡る。


「湊は今、どこかの冷たい床で、必死に頭を回して生き延びようとしてるはずです。……帰ってくる場所があると信じてね……」


アピウスは、先頭に立っていた男の胸ぐらを――正確には、その首から下がっている『木札』を、太い指でそっと弾いた。


「……湊が命からがら逃げ帰ってきた時、あなたたちは見せるのか? 自分たちで一生懸命作ったこのフェリア(集合住宅)を、自分たちの手でぶっ壊して、ただの暴徒に戻った無様な姿を」


「それは……」


「わたしには出来ない。私は黎明の盾の勇者だ。湊が帰ってきた時、『お前の作った街は、お前がいなくてもちゃんと残ってたぞ』って、笑って迎えてやりたい!」


アピウスは男の胸から手を離し、群衆全体を見渡した。


「腹減るなら、わたしも一緒に減らしますよ。……だからせめて、湊が帰ってくる場所だけは残してやってくれ」


沈黙が落ちた。


武器を握りしめていた労働者たちの脳裏に、泥まみれの自分たちに初めて名前を与え、真っ白な粥を配り、「一緒に道を作りましょう」と笑いかけてくれた湊の顔が浮かぶ。


カラン、と。


誰かが握っていたツルハシが、地面に落ちる音がした。


それを皮切りに、次々と円匙や棍棒が石畳の上に投げ捨てられていく。


「……馬鹿野郎。早く言えよ、そんなこと」


先頭の男が、空の寸胴鍋の前にへたり込み、頭を掻きむしった。


「湊様が帰ってきた時に、街が燃えてたら……俺たち、合わせる顔がねえじゃねえか。……わかったよ。腹の虫は、水飲んで寝て誤魔化すさ」


「……ああ。防壁の工事も、止めねえ。いつ王国軍が来るかわからねえからな。俺たちで、あの坊主の帰る場所を守るぞ」


「アピウスの旦那…いや、勇者様……すまねぇ…」


一人、また一人と、暴徒の顔から殺気が消え、代わりに奇妙な連帯感と覚悟が宿っていく。


アピウスは、安堵の息を長く吐き出すと、地面に深々と突き刺さったシャベルを引き抜いた。


リールが冷徹な狂気で世界を止めたその裏側で、かつて剣で世界を救おうとした男は、ただの「人情」と一本のシャベルで、アルヴェアルという拠点の崩壊を食い止めたのだ。


「……死ぬなよ、湊。お前を待ってる馬鹿が、ここにはこんなにいるんだからな」


東の空を見上げ、アピウスは祈るように呟いた。

56話お読みいただきありがとうございます。


利益も理屈も捨てて世界を止めたリールと、剣を捨てて人情で拠点を守り抜いたアピウス。


湊が残した「便利さ」が失われた極限状態でも、彼が与えた「恩」と「絆」が暴動を食い止めました。


描写をイメージしながら執筆しているのですが、剣ではなくシャベルで、湊の帰る場所を守り抜く勇者の姿はちょっとシュールかなと思いながら書いていました(笑)


次回、敵地に囚われた湊はどうなっているのか。お楽しみに

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