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その知恵、世界の礎(いしずえ)につき ~現代知識で異世界を便利にしたら、女商人と共に世界の道理を書き換えていた~  作者: カミツキ
二人の魔王編

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第45話 その商談、安息という名の毒につき

アラインカプス郊外に、鉄の打撃音が響き渡る。


視察団の将軍と特使は、丘の上からその光景を黙然と見下ろしていた。


かつての勇者アピウスが、湊の授けた「道理」に基づき岩山を穿ち、道を拓いていく。


「……信じられん。あの少年の『知恵』が組み合わさるだけで、これほどの開拓が可能になるとは」


将軍は戦慄していた。


湊の現代知識が、莫大な魔力過負荷を引き起こして前領主を焼き尽くしたあの悪夢。


その得体の知れない「力」が今、リール商会の手で「建設」という名の驚異に姿を変えている。


「将軍。恐ろしいのは道だけではありませんぞ」


特使は、眼下に広がる活気ある街並みへと視線を向けた。


「政治的な空白地帯となったこの地が、なぜ王都より豊かなのか……その答えが、あのリール・リヴォルトという女だ」



その日の夜。


領主館の食堂では、視察団を歓迎する晩餐会が催されていた。


前領主が亡くなり、主不在の館を預かる執事は、胃を焼くような緊張の中にいた。

彼がリールをこの席に招いたのは、単なる儀礼ではない。


(……中央の連中に、この地が『統治不能』だと思われては困る。リール商会という巨大な富の源泉が、今のこの領地を支えていると見せつけねば……!)


執事にとって、リールは領地の再建を証明するための「看板」であり、中央の横槍から自分を守ってくれる盾だった。


だが、リールはそんな執事の打算を、果実を口に運ぶついでに粉砕した。

彼女は執事の耳元で、扇子をパチンと鳴らし、鈴の鳴るような声で囁いたのだ。


「……執事殿。この街も、少し手狭になってきたわね」


その一言で、執事の血の気は一瞬で引いた。

商会が他所へ移る――それは、この街の「死」を意味する。


晩餐会が終わった深夜。


執事が、寝巻き姿の将軍と特使の部屋に土下座の勢いで駆け込み、翌朝の緊急会議をセッティングさせたのは、もはや生存本能ゆえの行動だった。



翌朝。


応接室へ向かう廊下で、リールは隣を歩く湊に静かに告げた。


「湊、今日は貴方も同席しなさい。一言も喋らなくていいわ。ただ、そこで見ていなさい」


「……俺が、ですか?」


「ええ。私たちが作るアルヴェアルが、国を買い叩くための『毒』になるわ。どうやって『道理』を支配に変えるか、今後の勉強のために特等席を用意してあげたのよ」


扉が開く。


そこには、睡眠不足で目を血走らせた執事と、不機嫌極まりない顔で座る将軍、そして特使がいた。


「……お待たせいたしました、皆様」


リールは、これ以上ないほど丁寧な所作で頭を下げた。

どこまでも腰の低い、一介の商人に徹している。


「単刀直入に言おう。街道の要所に防壁を持った『アルヴェアル』なる拠点を置く構想、実質的な軍事要塞ではないか。民間組織の武装化は認められん」


「恐れながら閣下。私どもは、皆様が安全に休める『宿場』をご提供したいだけなのです」


将軍の威圧に対し、リールは困ったように眉を下げた。


「ふん。百歩譲って建設を許可するとして、関所で得た税の七割を国庫に納めよ。それが国に対する義務だ」


「……街道に魔物避けの明かりを灯し、軍の被害を半分以下に減らす上に、税まで納めるとなると、私どもは完全に赤字でございます。誠に心苦しいのですが、それでは私どものような商会は立ち行きません」


(……嘘だ。リールさんが赤字になるような計算をするわけがない。あえて『できない』と言わせて、相手を焦らせてる。魔法や剣じゃなく、言葉だけで首を絞めていくんだ……)


湊は、部屋の隅でリールの冷徹な計算を悟り、奥歯を噛み締めた。


「義務を果たせぬと言うなら、国家反逆とみなし、貴様の商会を軍の管理下に置くまでだぞ!」


将軍がテーブルを叩き、武力による接収をチラつかせる。


(……脅しだ。だが、もし本当に武力で接収すれば……)


将軍は内心で素早く計算し、すぐに己の失策に気づき、冷や汗を流した。


(駄目だ。あの開拓団を率いているのは元勇者だ。無理に奪えば反乱が起きる。おまけに、我が軍の兵士たちはすでにあの女の『兵站』の味を知ってしまっている。商会を潰して元の泥水と瘴気まみれの野営に戻せば、兵士たちの士気は崩壊する。……くそっ、この女、すでに我が軍の胃袋と安息を人質に取っているというのか!)


将軍が押し黙ったのを見て、リールは「軍が動けないこと」を見透かしたように、静かに立ち上がった。


「武力で奪われるというのであれば、仕方ありません。……誠に残念ですが、先日、隣国のリュミエール王国より、大変ありがたいお話をいただいておりますので、そちらへ向かおうかと」


その単語が出た瞬間、応接室の空気が完全に凍りついた。


「り、リュミエールだとッ!?」


「彼らは、繊細な特産品を、より早く安全に運ぶための『血脈』を求めておいでです。私どものアルヴェアルがあれば、リュミエールの商品はさらに安く、大量に我が国へ流れ込むでしょう。……彼らは土地も税も免除すると仰ってくださいました。商人として、どちらの条件が良いかは……明白かと存じます」


「ふざけるな! リュミエールに寝返ろうとも、国境の関所は我々中央が管理している! 貴様らに道など敷かせんぞ!」


特使が怒鳴りつける。

だが、その言葉とは裏腹に、特使の顔からは血の気が引いていた。


(……いや、待て。リュミエール商人の資金力は底なしだ。もしこの女が、その莫大な資本を使って国境の地方領主たちを直接買収し、アルヴェアルを繋いでしまったら……? 中央政府である我々は完全に中抜きされ、関所の税収はゼロになる。それどころか、安価で良質な品に我が国の経済が完全に呑み込まれる!)


武力でも制圧できず、法で縛ろうにもカネの暴力で国境を破られる。


将軍も特使も、自分たちが「詰まされている」ことに気づき、言葉を失った。

完全な沈黙が部屋を支配した、その時だった。


「……閣下。リール様。『十年の期限付き・特区指定』として、一時的に管理を委託する形であれば、いかがでしょうか。十年後に不当と判断すれば、国が契約を打ち切ればよいのです」


青ざめた顔の執事が、一歩前に出て提案した。


それは、他国への流出を防ぐためのギリギリの防衛線。


特使と将軍は、渡りに船とばかりに顔を見合わせた。


(十年か。それならば、その間に商会の技術を吸い上げて、最悪こちらから契約を破棄して潰せばいい)。


「……十年、ですか。厳しい条件ですが、執事殿の顔に免じてお受けいたしましょう」


リールは恭しく頭を下げた。だが、彼女が折れたのではない。


執事だけは、テーブルの下で震える手を握りしめていた。


(……愚かな。十年などと……三日だ。たった三日で、この街の領民は、彼女の商会がもたらす『安息』なしでは生きられない体になったのだぞ)


一年後には商会の飯と温水なしでは兵が動けなくなり、十年後にはこの国は商会に完全に依存し、中身から腐って落ちる。


執事が選ばされたのは、経済力による死か、依存による死かという二択でしかなかった。


「……末永く、よろしくお願いいたしますね。……執事殿」


扇子の奥で弧を描く、悪魔のような冷たい微笑み。


湊は、部屋の隅で自分の指先が震えているのに気づいた。


(……派手な魔法の撃ち合いなんてない。ただの言葉と紙切れ一枚で、国家が商人に降伏した……。俺の知恵は、この世界を救う『光』なんかじゃない。リールさんの手の中で、ゆっくりと国を溶かしていく『毒』だったんだ……)


「道理」を使って国を買い叩く、そのあまりにも静かで残酷な光景を前に、湊はただ、自らの知恵の重さに戦慄するしかなかった。

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