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その知恵、世界の礎(いしずえ)につき ~現代知識で異世界を便利にしたら、女商人と共に世界の道理を書き換えていた~  作者: カミツキ
復興編

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第42話 その再生、監獄の礎につき

地盤沈下と氷の棘によって破壊された難民街の広場は、凄惨な姿を晒していた。


「……触るな! 手が凍りつくぞ!」


瓦礫をどかそうとした男が悲鳴を上げ、手を抑えてうずくまる。


飛び散った建材の表面には、ソレイユ・コアが吐き出した『淀み』がべっとりとこびりついていた。


触れれば凍傷を負い、その不快な冷気は周囲の空気をじわじわと侵食し続けている。


「こりゃあ酷え。一つ一つ魔法で焼いて除染してたら、更地にするだけで何年もかかっちまうぞ」


ガトが顔をしかめ、途方に暮れたように瓦礫の山を見上げた。


復興の第一歩すら踏み出せない。


難民たちは絶望の淵に立たされていた。


だが、湊の瞳には全く別の景色が映っていた。


「……ガトさん。これ、除染できたら、ただの石と鉄の山ですよね?」


「あ? まあ、そうだが……」


「最高じゃないか。……これ全部、新しい建物の『骨材』に使える!」


「エレナ、水路から水を引いて大きな水溜まりを作って! ガトさんたちは、ありったけの『石鹸』をここへ運んで!」


「『石鹸』? 湊、まさか……」


エレナがハッとして湊を見る。


あの日、暴走した彼女の身体から澱みを引き剥がしたのは、他でもない湊の『石鹸』だった。


数時間後。


広場に作られた即席の巨大な水槽は、真っ白な泡で満たされていた。


そこに、長い棒を使って黒い霜がこびりついた瓦礫を次々と放り込んでいく。


「『石鹸』の泡が、石の表面に癒着した澱みを包み込んで、物理的に引き剥がすんだ! 剥がれた淀みは水と一緒に地下の排水路へ流す!」


泡の海から引き上げられた瓦礫は、黒い霜が綺麗に落ち、新品同様の石材と鉄筋に生まれ変わっていた。


魔法使いの精神を削ることなく、ただ「洗う」という極めて日常的な行為が、呪われた瓦礫を極上の『資源』へと錬成していく。


「す、すげえ……! これならいくらでも片付けられるぞ!」


歓喜するガトたち。


だが、その光景を遠くから見つめていたリールの瞳に、恐ろしいまでの「資本の閃き」が宿った。


* * *


翌朝、難民街のあちこちにリール商会の立て札が立ち、番頭たちが大声で触れ回っていた。


「皆様! 呪われた瓦礫の処理にお困りでしょう! 我がリール商会が、皆様に代わって瓦礫を『無償』で引き取って差し上げます! 危険な重労働は一切不要! ただ、こちらの紙に署名をいただくだけで結構です!」


「む、無償で!? あの呪いの石を片付けてくれるのか!」


「さすがリール商会だ! 助かる!」


難民たちは涙を流して喜び、差し出された紙――『瓦礫譲渡及び清掃委託契約書』に次々と署名を書き込んでいった。


工房の窓からその光景を見ていた湊は、リールのあまりの抜け目に呆れ果てていた。


「……リールさん……街中の人間から『建材』をタダで巻き上げましたね」


「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。私は彼らの『不用品』を善意で処分してあげただけよ」


リールは優雅に紅茶を啜りながら、山のように積まれた契約書を撫でた。


「さあ湊。莫大な『資源』はタダで手に入ったわ。これで、この街をどう作り直す気?」


「家をバラバラに建てるからダメなんです」


湊は洗浄された瓦礫の山を指差した。


「全部まとめる。一つの巨大な建物に」


「……巨大建築、ということ?」


「そうです。排水も、配線も、熱も、人も。全部一箇所に集める。そうすれば、管理も修理も何倍も楽になる」


リールの口元が、ゆっくりと吊り上がった。


「……ふふっいいわね。この建物に正式な名前をつけましょうか。そうね……『ソレイユ・フェリア』なんてどうかしら」


「ソレイユ・フェリア?特に名前なんて思いつかないんでいいんじゃないですか?」


「決まりね。……さあ、取り掛かりなさい」


* * *


それからの復興のスピードは、まさに異世界人の常識を凌駕するものだった。


洗浄された瓦礫の骨材と、湊の灰色の泥、そして鉄筋。


強固な鉄筋コンクリートが型枠に流し込まれ、巨大な四角い建造物が日に日に高さを増していく。


数週間後。


かつての瓦礫の広場には、難民全員を収容できる巨大な要塞――『ソレイユ・フェリア』がそびえ立っていた。


「す、すげえ……これが俺たちの新しい家か!?」


入居を許された難民たちは、その圧倒的な快適さに度肝を抜かれた。


地下に完備された空調設備によって、建物内は常に涼しく保たれている。


一階には、商会直営の巨大な食堂が併設され、銅貨一枚で濃厚なスープと串揚げがいつでも食べられる。


二度と地盤沈下や魔物の襲撃に怯える必要のない、まさに『楽園』だった。


「リール様、ギルドマスター、万歳!!」


真新しい部屋の中で、難民たちが歓喜の声を上げる。


彼らは親しみを込め、いつしかこの巨大な建物を、略称である『フェリア』と呼ぶようになっていた。


* * *


その夜。


ソレイユ・フェリアの屋上から、湊とリールは新しい街の明かりを見下ろしていた


「……見事ね、湊。あなたの技術が、この完璧な城を完成させたわ」


リールは夜風に髪を揺らしながら、満足げに微笑んだ。


だが、湊の顔は青ざめていた。


「……リールさん。これじゃ、ここの人たちは……もう、一歩もこの建物から出なくてよくなった」


「ええ、そうよ」


リールは、湊の肩にそっと手を置いた。


その手は冷たく、そして甘い毒のような熱を帯びていた。


「彼らはここで安全に眠り、一階の食堂で私の商会の飯を食べる。昼間は、商会が手配する瓦礫の再利用や石鹸作りで働き、給料をもらう。……そしてその給料は、『家賃』と『食費』として、一円も外に漏れることなく、私の手元に返ってくる」


湊の喉がヒュッと鳴った。


血液が逆流するような悪寒。


「お金だけじゃないわ。彼らの生活リズム、消費行動、労働力。すべてがこの一つの建物の中で完結し、私が管理できる。……ねえ湊、彼らはもう、私たちの『保護』なしでは一日たりとも生きていけないの」


リールは、湊の耳元で残酷な真実を囁いた。


「彼らを『保護』し、永遠の『安寧』を与える。一歩外に出れば魔物と飢えが待つ世界で、この温かく涼しい箱から逃げ出そうとする馬鹿はいないわ」


「……ねえ、リールさん」


湊は、震える声で尋ねた。


「あの時つけた『フェリア』って名前……本当は、どういう意味なんですか?」


「あら、気になったの?」


リールは扇子で口元を隠し、三日月のように目を細めた。


「商人や養蜂家たちが裏で使う隠語よ。『逃げ場のない巣』……という意味のね」


「……俺は、なんてものを……」


リールは艶やかな笑みを深め、耳元で甘く囁いた。


「ふふっ……湊。この稼ぎ方の『仕組み』はね……。あなたが『ファーガス肉』を作ってた時と同じなの……気づいてた?」


後悔の呟きは、夜風に溶けて消えた。

お読みいただきありがとうございました。これにて第2章完結です。


14話で湊が何気なく提示した「給料が飯代として返ってくる仕組み」。

あの小さな屋台のサイクルが、数千人を収容する巨大なインフラへとスケールアップした姿が、この『ソレイユ・フェリア』です。


「効率」を追求した湊の答えが、リールの「搾取」にとっての正解と完全に一致してしまいました。

この残酷な一致こそが、本作で描きたかった1章の文明開化の裏側でもあります。


次回より、物語はいよいよ第3章へ突入します。

湊とリールが作り上げたこの「楽園」が、世界をどう塗り替えていくのか。引き続き、彼らの歩みを見守っていただければ幸いです。

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