第40話 その独占、市場の覇道につき
民衆の投げた石が、湊のすぐ脇を通り過ぎて地面に転がった。
「さっさと消えろよ、湊! お前のケチな『道』なんて、もう誰も必要としてねえんだ!」
罵声を浴びせているのは、数日前、熱中症で倒れた息子の命を湊が救った難民の男だった。
男の背後では、リール商会の作業員たちが、湊が徹夜で埋設した配線を、無造作に掘り起こしては放り投げていた。
「湊さん、これ、リール様からの『立ち退き料』です。あなたの古い配線は、最新の『ソレイユ・コア』を乱す欠陥でしかないんですよ」
作業員が、薄笑いを浮かべながら小銭の入った袋を寄越す。
湊はそれを受け取らなかった。
ただ、掘り起こされた配線の断面から、どろりとした「黒い霜」が染み出しているのを静かに見つめていた。
「……それを切るな。それは、この街全体の『接地』だ。切れば、逃げ場を失った淀みが、あんたたちの家にある魔石に逆流するぞ」
「はっ! まだそんな負け惜しみを。リール様の魔石は『独立型』なんだよ。逃がす必要なんてない、完璧だ。お前みたいな貧乏臭い発想と一緒にすんな!」
男は再び石を投げようと振りかぶった。
だが、湊の瞳を見て、その動きが止まる。
(……俺一人が叫び続けても、もう止まらない。なら、実際に壊れてみなければ、人は理解できないんだ……)
湊の中で、何かが音を立てて冷え切った。
* * *
その夜、難民街はリールの演出した「祝祭」に包まれていた。
広場に設置された巨大なソレイユ・コアが、真っ赤な輝きで夜を昼間に変え、冷涼な風を街中に届けている。
「湊、これが私の望んだ『完璧な市場』よ」
高台の特等席で、リールが勝利の微笑みを浮かべた。
「あなたの仕組みは、人々に責任を押し付ける不便な規約だった。でも、私の魔石は責任のない自由を与えた。人はどちらを選ぶか、答えは出たわね?」
「……リールさん。あんたの計算式には、一つだけ定数が抜けている」
湊は、手元の魔導具に映る街全体の魔力図を指差した。
魔力は、限界まで跳ね上がり、真っ赤に点滅している。
「……タダで冷やせる魔法なんて、ないんだよ。どこかが必ず、払ってる」
祝祭の絶頂。
「リール様、万歳!」と叫びながら、昼間、湊に石を投げた男がソレイユ・コアの街灯に手を触れた。
その瞬間。
キィィィィィィン!
耳を裂くような高周波が街に響き渡った。
「ぎ、ぎゃあああああああああ!?」
男の悲鳴が夜の空気を切り裂く。
男の持っていた個人用の魔石が、真っ黒に変色していた。
それだけではない。魔石から溢れ出した「黒い霜」が、泥水のような勢いで男の腕を駆け上がり、瞬く間に肩までを真っ黒な氷に封じてしまったのだ。
「あ、熱い!? 違う、冷たい……痛え、痛えよお! 湊! 湊、助けてくれ!!」
男は湊に向かって這いずり、震える手を伸ばした。
だが、湊は一歩も動かなかった。
「……あなたたちがさっき、俺の『管理権限』を掘り起こして捨てたんだ……だから俺には……何もできません……」
連鎖反応は止まらない。
ボシュッ!
鈍い音とともに、街中の魔石が次々と黒く染まっていく。
祝祭の会場は、一瞬にして極寒の処刑場へと変わる。
「……湊、これ……どういうことなの……?」
リールの顔から、血の気が引いていく。
高台から見える難民街は、黒い霧に包まれ、人々が次々と凍りついて倒れていく地獄絵図と化していた。
「リールさん。独占を達成したってことは、『責任』も独占したってことだ……」
森の奥から、数え切れないほどの「飢えた咆哮」が響き渡る。
街の境界線を越えて、巨大な影たちが雪崩れ込んできた。
「……違う。こんなに早く逆流するはずじゃ……!」




