第38話 その救済、対価の果てにつき
「……これ、リール商会が配ってる新しい魔石だよ。これを使えば、『制限』なく、ずっと涼しいんだ」
工房の窓から見える難民街では、赤い輝きを放つ石を手に取った人々が歓喜していた。
湊が徹夜で必死に組み上げた『安全のためのルール』。
それをリールは、街の送電網を一切使わない独立型魔石――『ソレイユ・コア』という力技で、物理的に、そして残酷に塗り替えて見せたのだ。
「……リールさん。やりすぎだ」
湊は、広場の中心に建てられた回収所に立つリールを呼び出した。
だが、リールはかつての傲慢な態度ではなく、どこか慈悲深い微笑みを湊に向けた。
「やりすぎ? 湊、心外だわ。私はあなたの『道』をこれ以上汚さないよう、自分たちで燃料を用意することにしただけよ? 負荷がどうのと言うから、その外側で完結する製品を作ってあげたの。」
リールは勝ち誇ったように、しかしどこまでも優しく微笑んだ。
「……ねえ、この『ソレイユ・コア』の輝きがどこから来ているか、知ってる?」
彼女が指差した先には、大きな檻があった。
そこには、街周辺の街道に生息する弱い魔物――ゴブリンやスライムが、隙間もないほどに押し込められている。
檻に繋がれた魔法使いが、彼らの生命力を無理やり吸い出し、結晶へと固定していく。
「近隣の魔物を間引き、その魔力を石に詰める。討伐を依頼された冒険者たちは安定した報酬を得て、街の街道は安全になり、難民は涼しさを手に入れる。……これのどこが悪魔の所業なのかしら? むしろ、誰も損をしない完璧な循環だとは思わない?」
湊は、檻の奥で魔力を抽出され、皮膚が枯れ木のようになりながら絶命していく魔物の姿に吐き気を覚えた。
だが、リールの言葉は社会的な損益計算として、ぐうの音も出ないほどに正しかった。
「……魔物だけじゃない。奥の部屋にいる人たちは、なんですか」
「ああ、彼らは私の『相互扶助事業』の参加者よ」
リールは扇子で口元を隠し、妖艶に瞳を細めた。
「湊……、あなたの作る『安全な道』は、正しく魔法を扱える健康な人のためのものよ。立派な理想だわ。……でもね、この世界には魔法の才能がなく、指先一つ灯すことすらできずに飢えている『持たざる者』や、逆に生まれ持った魔力が強すぎて、自分自身の身体を内側から焼き、病に臥せっている子供たちが大勢いるのよ」
リールは部屋の窓を開けた。
そこには、深い眠りにつかされたまま、腕に管を通された魔法使いたちが横たわっていた。
その中には、まだ十歳にも満たない幼い少年もいる。
「私は彼らに、ただ座って呼吸をしているだけで、腕利きの冒険者並みの給料を払う契約を結んだわ。溢れすぎて毒になっている魔力を安全に抜き取ってもらい、健康を取り戻しながら、家族に温かいパンを買えるだけの金を得る。……ねえ湊。彼らにとって、私は冷徹な『悪魔』かしら? それとも、明日を繋ぐ救いの『天使』かしら?」
湊は、金縛りにあったように動けなくなった。
リールが指し示した「魔力が強すぎて苦しむ子供」の姿に、かつてのエレナの面影が重なったからだ。
「魔物を狩れば街が安全になり、才能のない魔法使いは安定した職を得て、難民は安く涼める。私の作ったこの循環の中で、一体誰が不幸になっているというのかしら?」
湊の喉が、焼けるように熱く、詰まった。
「湊……、理解してくれるかしら? 私は『欠陥品』を、部品として再利用することで救ってあげているのよ。……あなたに依存せず、私の魔石で生きる人々。それが本当の『自由』だとは思わない?」
リールは深紅の魔石を空に掲げた。
「……ガト、見てよ。」
横で見ていたガトが、拳を血が滲むほど握りしめ、絞り出すような声で呟いた。
「……生きてる人間の目をしてねえ。金は入る。腹も膨らむ。……でも、そこには『何者かになりたい』っていう願いが欠片もねえ。ただの、ただの生きた薪じゃねえか」
難民街に、赤い光が降り注ぐ。
その足元で、地面が静かに、黒く染まり始めていた。




