第36話 その定額、共有地の悲劇につき
「みなさーん、今日から、暑さに怯える必要はありません。月額たったの銅貨五枚で、電気を『好きなだけ』使っていいことにしましたわ!」
広場に響き渡るリールの宣言は、難民たちにとって奇跡の福音だった。
「月額五枚!? 嘘だろ、それなら一日中つけててもいいのか?」
「ああ、リール商会がギルドにまとめて代金を払ってくれるそうだ。俺たちは定額を払うだけでいい!」
沸き立つ群衆。
リールの人気は絶頂に達し、彼女は聖母のような微笑みを浮かべて、遠くの工房からその様子を苦々しく見つめる湊に視線を送った。
* * *
「……冗談じゃない。リールの野郎、とんでもねえ爆弾を放り込みやがった」
工房の魔力波形計を睨みつけながら、ガトが毒づいた。
『使い放題』が開始されてから数日。
送電網の負荷は、かつてない異常な形を描いていた。
「これを見てくれ、湊。夜中だろうが、みんなが寝静まっている時間だろうが、負荷が全く下がらないんだ」
通常、「需要の波」がある。
だが、定額制になった瞬間、難民たちは「使わなければ損だ」と言わんばかりに、外出中も睡眠中もコアをフル稼働させ始めた。
昼間、誰もいないテントの前を通ると、閉じた布の隙間から涼しい風が漏れ出している。
「市場へ行くから、もったいないからつけたままにしとこ」
そんな声があちこちで聞こえた。
子供たちはいつの間にか「一番涼しいテント」に溜まるようになり、そこの一本の銅線から、隣へ、さらに隣へと針金で枝を伸ばしていた。
誰も悪意があるわけではない。
ただ、「使っても使わなくても同じ値段」という事実が、人間の行動をそっくり変えていた。
「……『共有地の悲劇』だ」
「湊? なにそれ」
「皆が『少しくらいならいい』って使い続けた結果、誰も止めなくなって、最後には全体が壊れるって話だよ」
定額制になった瞬間、需要の波は消えた。
* * *
バチッ。
「湊! 第三区の中継器が熱暴走しそうだ! このままじゃ線が焼き切れるぞ!」
「ガト、冷却魔導具を! エレナは予備の回路を転嫁させて!」
深夜、本来なら休んでいるはずの職人たちが、汗だくになって設備の保守に追われる。
ガトが炉に手をかざした瞬間、炎がわずかに揺れた。
「……すまん、湊。ちょっと手が震えてる」
三日間、まともに眠れていない。
エレナも壁に手をついたまま、「次は……どこ」と呟いた。彼女の声は、あの石鹸を喜んでくれた時の明るさを、どこかに忘れてきたようだった。
「おーい、マスター! 使い放題にしてくれてありがとうな! おかげで外出中もテントが冷え冷えで最高だよ!」
悪気のない感謝の言葉が、今の湊にはどんな罵倒よりも残酷に響いた。
外では、涼しい顔をして眠る難民たちと、その快適さの上に胡坐をかくリール。
「……あいつ。自分だけ安全な場所にいて、俺たちを『奴隷』にする気だ」
湊は、オーバーヒート寸前の魔法回路を見つめ、決意を固める。
手作業の修理では、この「定額制の暴走」には追いつかない。
人間に依存しない、システムの『自律化』。
* * *
その夜。
難民街から少し離れたリール商会の窓には、遅くまで明かりが灯っていた。




